2017/08/18

根付 其ノ百弐

『 さがり 』
素材 : 鹿角、黒水牛角、真鍮




「さがりの樹」
  
二年続いた大雨と冷害が飢饉という死の匂いを孕み始めた天保六年 

その村では弱い者から命を落とし 
生き永らえる者もまた衰弱して行く 
先の見えない生き地獄をただ生きる日々が続いていた 

餓死が二十を越えた八月の蒸し暑い夜 
村長の一存により集落で一頭だけ飼われていた農耕馬を屠る事になった 

今まで村のために一緒に働いて世話になった馬を屠る 
村の民皆で喰らうために

嫌な役回りを押し付けられたのは 
何年もずっと馬の世話を任されて来た与平であった 

蓄えの餌藁も底をつき 
骨が浮き出た脇腹と 
ただじっと見つめる黒い眼に映る 
鉈を手に泣きじゃくる与平の姿に 
馬は自らが人間の糧となる事を理解した 

骨だけを残した馬の亡骸は 
少しでも罪の意識を薄めるためか
純粋な感謝と礼節か
村外れに聳える榎の巨木の傍らに埋葬し 
村の民皆で供養する事とした 

骨の亡骸が山積まれ人一人の力ではびくとも動かぬ荷車は
半年前までは馬が牽いていたのである 
埋葬までを任された与平は
隣家に住む弟の与助に手を貸すよう頼みに行った 

与助は先月最愛の妻を飢餓で亡くし 
毎日を抜け殻のようにただ生き永らえているばかりであったが 
馬の肉を頂戴した恩義からか 
返事も無いまま荷車を押す手伝いに出てくれた 

陽炎立つ荒れ道を村外れまで兄弟二人荷車を押し 
榎の巨木の傍らを馬一頭の遺骨を埋葬するに十分な深さまで 
鍬で掘り手で掻くを繰り返し繰り返し繰り返し
埋葬を済ませた頃には日も暮れ始めた 

朦朧としながらも榎に向かい硬く目を閉じ手を合わせる与平 
村の人間のためとは言え
手にかけなければならなかった無念を繰り返し繰り返し詫び
涙を拭い顔を上げたその刹那 
与平の鼻を衝く異様な臭気と共に眼に映る馬の首

頭から伸びた一本の腕で榎の枝にぶら下がり 
首の根から噴き出る臓物を鬣に搦め上げ 
あの夜自分を見つめた黒い眼は 
今もこちらを凝視している 

馬が化けて出てきたか 
勘弁してくれ 勘弁してくれ 勘弁してくれ 勘弁してくれ 勘弁してくれ 

与平が更に固く手を合わせ異形の馬の首に詫び続けているその横で 
腰を抜かしたか尻を着き倒れ込んだ与助が譫言のように繰り返す 

許してくれおせん 許してくれおせん 許してくれおせん 許してくれおせん 

・・・おせん

妻の名である 

与助の目に映るのは馬の首に非ず 

頭から伸びた一本の腕で榎の枝にぶら下がり 
首の根から噴き出る臓物を自慢だった長い黒髪に搦め上げ 
あの夜自分を見つめた覚悟の黒い眼は 
今正に与助を凝視しているのだ 

一月前飢餓で亡くなる最愛の妻が最後に漏らした別れの言葉は 

わたしをべてあなたはきて
  
まだ蒸し暑く人肌の風が漂う夕間詰め
村外れの榎の巨木の前に 
背負うに重過ぎる罪と後悔を見せつけられ気狂う男が二人 

そしていつ終わるとも知れぬ飢饉の夜が
今日も変わらず訪れるのであった

後に村外れの榎の巨木は「さがりの樹」と呼ばれ 
近寄る事は村の禁忌となる





もうね
此処って根付のブログじゃありませんでしたっけ?

ホント素人の妖怪夜話を読まされる苦痛たるやごめんなさい
読んで頂けた方には涙流してありがとう!

いやこのテキスト込みで至水の根付なのだからねっ(涙)

なにせ盆時期ですし
(過ぎてるけどね)
「可愛げ」とか「可笑しみ」なんてものは一切削ぎ落とした
恐ろしくも悲しい妖しの根付を彫ってみるよ!





鹿角です

妖怪「さがり」と言えば水木しげる御大が描かれた
あの馬頭の姿な訳ですが・・・





四面図

至水の妖怪夜話「さがりの樹」に登場する「さがり」は
馬頭の妖怪という訳ではなく

「見る者の心の奥底に根を張る後悔や罪の意識の形を成して現れる妖怪」

なんて妄想から
与助の心を覗き込んだ「さがり」は勿論・・・





与助には最愛の妻おせんの姿に見えた訳です

さがりは悪夢のようなあの覚悟の夜の
おせんの表情を形どり現れ
与助に見せつけたのだ





舌の上に乗った眼球
これが妖怪「さがり」の本体です

水木しげる御大の描かれる「さがり」にも
馬の眼の他に頭から生えた腕に
もう一つ眼が開いてますよね
あれが本体であるという解釈で妄想してます





「さがり」と言えばグニグニで有機的な臓物ボディ
血管浮かすのが楽しくて楽しくて♪





今回は完全に自立不可物件なので懸架台付けてます

引っ掛ける部分の真鍮パーツと
ベースの鹿角柱との接合部は結構華奢なので
御購入頂けた方はやさしくしてあげてください(涙)
(おまけ程度に考えて頂ければこれ幸いだったりします)





サイズはこのくらい
至水に差根付ブーム来てます♪
来てますっ!!!





紐通し穴は帯下なら臓物の透かしをブリッジにしてこう





帯上なら中指の間から紐を出す仕様です
結び玉は中指と帯の間のスペースに収められます





提げるとこんなです
垂らした根付紐は根付と腰で挟み込めば
提物ぶらぶらし過ぎず安定するよ♪





その眼は心の奥底を覗き込み自責の念を掻き毟る
根付「さがり」完成です



因みに兄の与平には馬を屠った罪悪感から
水木しげる御大描くところの
あの馬頭の「さがり」に見えている
という事で

いやー
俄かに到来している差根付ブーム
(お前だけだよとかは聞こえませんハイ聞こえません)
また彫っちゃってるんですよねぇ
って事で次も差根付ね♪





あと最後に
YouなチューブにUPしといた
ぷらぷらさがり動画おまけで貼っちゃう




2017/08/03

根付 邪ノ肆

『 槌転 』
素材 : 陶粘土、鹿角、赤珊瑚、黒檀



根付「泥田坊」と共に
ワンフェス2017[夏]に投入したもう一つの根付は
「つちころび」

奇しくも二点とも土臭い妖怪になったのは
ホント偶然で

何作ろっかなぁー
なんて手のなかで陶粘土捏ね捏ねしてたら
偶然出来たフォルムが正に「つちころび」

よしではこのまま仕上げましょうってんで

こんなの捏ねたよ!





六面図
イイよねコロッコロした根付フォルムな槌転♪





毛の塊なんだけど頭傾げた感わかります?
んー?って感じなの
微妙・・・





くわーっと真っ赤な目玉は赤珊瑚
キシャーッと生え揃った牙は鹿角です





サイズはこんな
ちょうどよし♪





とにかくコロッコロ♪
水ヤシャ浸漬の後
全体を墨入れしてます





紐穴はベーシックに
底の大穴に結び玉収納します

今回二つの陶粘土根付には
死水の花押をこっそり彫ってます
胡桃のアレとか小さな死水作品には
花押を彫る事が多いのですよ
こっそりと





おぉその名前すら土臭い
根付「槌転」完成です



今回手探りで使ってみた陶粘土ですが

んー

まだもうちょっと
どうにか出来そうなので
また陶粘土根付は作りましょう

意匠次第ではド嵌る素材になり得そうだし

粘土としての使い勝手は
まぁ慣れでしょうね

多分喫緊に登場するよ

お楽しみに



根付 邪ノ参

『 泥田坊 』
素材 : 陶粘土、鹿角、黒水牛角



それではワンフェス2017[夏]に投入した根付の詳細です

今回「価格を抑える」という目標から
彫刻よりも形を早く出せる塑像にしようと
メインの素材として陶粘土を使ってみました
製作時間=価格
これ価格設定に最も直結する要因なのです
陶根付ってのも実際あるしね♪
(いやこの考えが甘かった・・・)
なんて実際使ってみた感じとしては

陶粘土に含まれる陶土の粗さや
低温で焼成するため「つなぎ」的に混入されている樹脂粘土が
焼成後の切削で毛羽立つ部分があったり
根付の素材として必要な硬度が
本物の陶根付のそれよりも低く
(当たり前か・・・)
陶材というよりは木材に近いかもです

利点としては
陶粘土は多孔質でヤシャ液を吸ってくれるから
常温で染められるし
粗めの素焼き風テクスチャが得られる事
「味」
なんて良い言葉で許しちゃうレベルの材ではないの?
とは思えました

そしてその陶粘土製根付の一作目が
「泥田坊」

ほぅ

素材とベストマッチじゃないの?

捏ねますよ♪





六面図
室温ヤシャ液にドップリ投入
濡れたままブラシかけると均一の色味に落ち着いたよ♪
キワには墨入れね





ひぁーっ!
と何かに取り乱す泥田坊





くすぐってぇーっ!
背中には這い泳ぐオタマジャクシがピロピロピロ♪
田んぼから実体化する時にオタマ混入したんだね
なんとか捕まえようと必死に背中掻きむしり(汗)





右目は鹿角製のパーツを嵌めてます
陶土の地色が黒茶なため白い部分が欲しい場合は
別材の象嵌に頼らざるを得ないのですが
下穴を彫る際に陶粘土部分を薄くし過ぎると脆くなっちゃう

なので歯は地色のままなんだな





サイズはこんなんで
ややボリューミー





股の間から紐通って
結び玉は下っ腹の中にキュッと収まります





ひぁーっ!へながくすぐってぇーっ!!!
(へなが=背中)
根付「泥田坊」完成です



次の投稿

ワンフェス2017[夏]に投入した
もう一つの陶粘土根付も土臭い奴なのね

これ偶然なのよ

狙ったわけじゃないんだけど
類は友を呼んじゃいました♪

続くよ



ワンダーフェスティバル2017[夏]喜々交々




今年も行って来ましたワンダーフェスティバル
前回の投稿にも書きましたが今年は過去最大数
7名の現代根付作家がディーラー参加するワンフェスとなりました

何故に根付師根付作家がワンフェスに参加するのか

これはもうカオスな現代根付界の写し鏡の様に
作家の数だけ理由はあるのです

本業である「根付」とは完全に切り離し
己の趣味の憧れの場に立つ事を目標とした者

「売り場の一つとしてのワンフェス」と捉えている者

他分野との接点を模索する者

引きずり出された者

等々

ただ根付師根付作家が
ワンフェスという場を「選ぶ」に至るという事

其処は「根付」との親和性が確実にある「特別な場」である訳で

理由はどうであれ
「今後も沢山の根付師根付作家が参戦してくるであろう」
という予知夢にほくそ笑む至水なのでした





さて至水はどうだったのよと言うと

ワンンフェス用に御用意しました陶粘土根付
二点無事御購入頂き感謝感謝でございました!





そして今回製作途中の差し根付を展示したのですが
せっかくなので実際手にとって御覧頂き
何の根付か当てましょうという
「お前誰だよキャンペーン」
を慣行しまして

まぁ

正解者2名という


いやコレ「さがり」って答えられた人の方が変だから(血涙)
馬面じゃないしさ





やっぱり買ってしまった
根付師高木喜峰氏原型制作のガレージキット
頭部コンパチなのよ
強制的にサイン頂いちゃったしね
そりゃメモリアルな事だもの





閉会1時間前くらいに滑り込みで登場された
Gallery花影抄でも御活躍中の吉見普光さんの放った一言
「入場料タダだった」
は個人的に激震が走りましたよね
あのチケット替わりの分厚いガイドブック
この代金2,500円が実質の入場料な訳ですが
最後1時間謎の無料タイムに突入してたという





あとはfacebookで交流させて頂いている
北京のトイメーカー所属のワンさんと遭遇
中国での新たなアレとか糞王様が動きそうとか
色々と良い感じのお話も・・・





至水の出展卓に訪れて頂ける方も年々増えまして
facebookで繋がっている方とか
「ブログ見てるよ!」とか「ツイッタ見てるよ!」
なんてお声がけしてもらったり

根付彫り始めてなんだかんだで7年
やっぱやり続ける事大事よね

なんとか徐々に徐々に「至水と根付」認知されてきたのかなと
そんな実感おじさんです

もちろん来年もワンフェス出ますから

いやディーラー抽選落ちたって
どこかの卓に潜り込んでやるんだからっ

出続ける事大事よ

また来年ワンフェス会場でお会いできる事を祈りつつ

がむばろ