2024/12/31

根付 其ノ佰玖拾玖

『 三目抜首 』
素材:鹿角、黒水牛角



今年もあと数時間を残すのみというこのタイミングで唐突に
大晦日とか全く微塵も関係のない
今年九月に制作した作品のブログ投稿ですが

お気になさらずに





至水妄想奇譚

「化物婚礼絵巻」

人類の誕生より現代に至るまでの歴史と表裏一体
確かに存在するもう一つの世界で人類同様の社会を形成し
種の繁栄を謳歌するモノ達がいる

互いに能動的干渉をする事のなかった二つの種が
やがて邂逅してしまうのは必然であったが
人類は抗いようのない畏怖の念を以てそのモノ達を「バケモノ」と呼び
一方的な忌避感から排斥の対象と見なし数百年が過ぎた現在
表裏一体に様々な問題を抱え生きる二つの種は
其々の社会の存続を懸け否が応でも在り方の変容を求められ
10年に及んだ共存権運動は二種共存共生法の制定という形で実を結んだ

更に内閣府は共生促進を図り施行日である2024年9月吉日に合わせ
人間の新郎と化物の新婦による二種間初の婚礼の儀を
法に基づき執り行うというプロパガンダ的イベントを急遽企画立案
婚礼の儀の一切を
老舗の祝ヒ事請負ヒ処「ミツメ屋」が取り仕切る事となった

1600年に裏江戸で創業した祝ヒ事請負ヒ処「ミツメ屋」には
腕っ扱きの賑やかしモノ達が多数在席し
宴席には欠かせぬ裏方として大層繁盛していた
なかでも一間を超す長く長〜い首を巧みに操る
「ろくろ舞」の創始者である三目抜首は
長寿祈願の意を込め出産祝いや賀寿祝いに引っ張りだこ
裏江戸では知らぬモノ無しの売れっ子賑やかしモノであった

その三目抜首に任された婚礼の儀最大の見せ場は
新郎新婦の末永い幸せを祈願しセッティングされたサプライズ
高さ2m 5段重ねのウェディングケーキの中スタンバイする三目抜首が
ケーキ入刀のタイミングで勢い良く首を伸ばし
突き抜いた最上段のケーキを頭上に乗せたまま
首から上のみで表現するろくろ舞

繊細なバランス感覚を求められる大役でありながら
急遽企画された式の準備期間はたったの一週間
リハーサルの時間も取れず
当日ぶっつけ本番という慌ただしさで婚礼の儀当日を迎えた

残暑という言葉を忘却させる程に連日の猛暑が当たり前となった9月吉日
旧細川候爵邸 和敬塾本館の庭園にセッティングされた会場に
両家の親族及び関係者含め300人強が列席するなか
5段重ねの巨大なウェディングケーキが一際目を引く

あぁ…
あっづい…
なんでこんな…
カンカン照りの御天道様の下でよぉ…
ガーデンウェディングやろうなんて考えたの…
どこの馬鹿野郎だこんちきしょうめ…

真っ暗で狭っ苦しい蒸風呂の如きウェディングケーキの中で
開場の一時間前からスタンバイしている汗だくの三目抜首は
尋常でない暑さに着物を脱ぎ捨て締め込み一丁
ケーキ入刀のタイミングを今か今かと待ちながら
口を衝いて出るぼやきが止まらない止まらない

すると朦朧とした意識の向こうから
ついに例のベッタベタな台詞が聞こえた

「新郎新婦による初めての共同作業でございます」

今だっ

ケーキ入刀の発声と共に勢い良く伸ばした首が
ウェディングケーキ最上段を突き抜き…
の筈が
何の手違いか悪魔の悪戯か
最上段が分離する細工を施されなかった5段重ねのウェディングケーキが
丸ごと土台から外れ宙を舞い会場に生クリームの雨を降らせるなか
締め込み一丁半裸のバケモノがろくろ舞を踊り続けるという…
正に阿鼻叫喚の地獄絵図となった婚礼の儀のライブ映像と共に
二種共存共生法施行開始のニュースは日本全国に伝えられ
会場の惨状とは裏腹に
国民全てが表裏一体な二つの世界が一つとなった未来に想いを馳せた

翌朝ミツメ屋の事務所では
実に満足気な様子の三目抜首が始末書を書いていた

意外にも前日のろくろ舞に確かな手応えを感じた彼の頭の中は
続けてオファーが来る筈の出産祝で披露する
ろくろ舞「初産の型」の事でいっぱいなのだ








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
売れっ子賑やかしモノとしてのプライドをもって
地獄絵図のなかベストを尽くした訳で

出産祝いのオファーが来るかは微妙ですが…





六面図





長ーい首を畳んでスタンバる三目抜首
そう先ずは何故此奴を彫ろうと思ったかの御話から
日課であります「ウェブの大海原で妖怪巡り」をしていると
いつもお世話になっております
三つ目で首が長い化物として掲載されている此奴が目にとまり
あー頬骨の下に目を配置すると強制的に困り顔になるんだ素敵と御気に入り
化物婚礼絵巻で描かれたものとあったので
家にある洋泉社MOOK「百鬼夜行と魑魅魍魎」で確認してみる事に
あー居ました
このMOOKに載っている鯖江本「化物婚礼絵巻」のなかの
「産ノ祝酒宴馳走図」で踊り狂う此奴
で此奴は一体…何?誰?となり
酒宴で馳走の図なのだから近所の方とか御親戚と見るのが
まぁ自然かなと思うものの
三味線を弾く猫面の化物とか
腹鼓を叩く狸モノなんかも描かれていて
これって楽器奏者とか踊り手とかを派遣する
宴席盛り上げ派遣業だったりしたら美味しいね
なんて思ってしまい
祝ヒ事請負ヒ「ミツメ屋」に所属する
売れっ子賑やかしモノ三目抜首
という設定をこじつけてしまうという
いつもの妄想なのでした





そして蒸風呂の如きウェディングケーキの中でスタンバる三目抜首が爆誕





締め込み一丁の尻はいいねキュッとね





紐通しはこんな感じ
胸の前にある首の間に結玉がスッポリ収まります





サイズはこんな感じで





請け負った仕事は必ずやり遂げる信頼の賑やかしモノ
根付「三目抜首」完成です

あー
もう2024年も終わりますね…




良いお年を♪



2024/12/27

緒締 其ノ弐拾玖

『 福良龍 』
素材 : 鹿角、真鍮



毎年思い悩む干支ものですが
辰年もあと数日を残すのみとなった今頃になってやっと完成するという
しかも数年前に制作を依頼されていたものなのにですよ
辰年中にお渡し出来ないという為体
もっと早くに制作始めよという話です
申し訳なさすぎです

そして干支ものにはその時の(年の)自分を投影させてしまうのですが
正に2024年辰年の干支ものという仕上がりになりました
こんな感じに…





至水妄想奇譚

『師走に願う根付者』

十二年毎に巡り来る「辰年」には
現存する八百万の龍族より選出された一匹が「辰」の名を冠し
天災疫災人災も含めあらゆる事象に湧き上がる人間の念を
全て呑み込み胃の腑に納める事で現世の均衡を図る
それは干支を担う龍の責務であり
辰を完遂した龍が神龍と成り天へ昇るための試練でもあった

令和六年 辰年師走
日ノ本の地中深く丸々と腹を膨らませた龍が一匹
この一年を振り返りながら微睡んでいる

元旦より始まった千辛万苦に止めどなく噴出し渦巻く人間の負の念を
絶え間なく取りこぼす事なく呑み込み続けるという霊的負荷は
身に纏う八十一の金鱗を一枚また一枚と剥脱させ終に喉元の逆鱗を残すのみ
輝きを失い疲弊しきった姿からは正に苦行の一年であった事が伺い知れた

時同じくして
千辛万苦の辰年を生きる根付彫刻家が一人
この一年我が身に降りかかった諸々をぼんやりと思い返しながら
丸々と腹を膨らませた龍の緒締を彫っていた

根付と言えば古くから彫られている「福良雀」という意匠は
寒さに羽毛をふっくらと膨らませた丸々と可愛らしい雀の姿
福々しく根付らしい意匠の一つである

丸い理由は違えども
腹を膨らませ丸々とした龍の姿に
福良雀の福々しさを重ねて見てしまう根付者は
何の根拠も無く只々信じたい

金鱗を剥脱させるほどに胃の腑を膨満させた負の念を糧に
年を越し神龍と成った辰の龍は
万事に福を齎す福良龍に違いないのだと

そしてもうこれ以上
最後に残されたたった一枚の逆鱗までも剥脱させるほどの災いが
決して起こらぬようにと願いつつ…

辰年の師走は足早に過ぎていく








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です






という事でですね
なにか切実な…
詰め込んでしまいましたがしかし

きっと福良な龍になってくれるヤツですので
御覧あれ





六面図





緒締なのでズドンと紐穴を貫通させねばならず
配置を考え捏ね繰り回すうちにこの姿形に





パンパンに膨らんだ腹にはこの一年の諸々が全て詰まっているのよ





所謂体の長ーい和な龍を根付的に丸める意匠は皆やっておられるので
数多ある龍族の一種という設定の元
洋な龍とも違うショートボディの和な龍にして
丸々と福良させてみました





地中深く丸々と腹を膨らませた龍が一匹…
日ノ本の霊的地脈の起点である富士山の直下にて撮影





一年を思い返す福良龍
御苦労様でした大変だったね





お客様が御用意された紐に合わせた紐通し
鹿角の緒締となるとどうしても紐通しの内側の鬆で紐が痛みがち
なので真鍮管を仕込んでみました





紐を通してみるとこの感じでこのサイズ感
緒締としてはやや大きめ





喉元に残る逆鱗がキラリと光る(触っちゃダメ絶対)
緒締「福良龍」完成です

本当に辰年は千辛万苦でした
来年は良い年であってほしいと切に願います

ほんとに





2024/06/24

根付 其ノ佰玖拾陸

『 逆猫 』
素材:鹿角、黒水牛角



何かいつになくブログ更新が順調ですね
どこまで続くかはアレですが…
がむばりますよ

因みに「逆猫」と書いて「さかさねこ」と読みます





至水妄想奇譚

『逆さ猫又』

コロナ禍の記憶も薄れ行く2024年の日本
円安の恩恵は外国人旅行客の誘引を加速させ
インバウンドによるオーバーツーリズムが問題視される昨今
日本三景の一つである天橋立もまた例外ではなく
京都府宮津市大垣にある天橋立傘松公園は
連日押し寄せる観光客で賑わいを見せていた

天橋立といえば
「股のぞき」
阿蘇海に背を向け高台に立ち
前屈した状態で股の間から見る景色は
天橋立がまるで天に架けられた橋のようにみえるという
明治より続く一風変わった鑑賞方法である

今日も傘松公園に用意された股のぞき台には
夥しい人集りから連なる順番待ちの行列が
正に天橋立の如く伸びていた

そんな行列のなか明らかに人外異形の輩が一人
いや一匹

阿蘇海を一文字に横断する松林生い茂る白い砂州を
天に掛かる大橋に見立てた天橋立の壮大さに惚れ込み
成相山を根城と決め
百年に渡り人間社会をサヴァイヴし続けて来た猫又である

蒼海と白砂青松が織り成す
鮮やかな三色のコントラストとダイナミズムは
正に大自然が作り出した奇跡
唯それだけで絶景足り得る天橋立であるにも関わらず
股の間から眺めようなぞ不粋な人間の酔狂を
野猫の頃より冷ややかな目で見続けていた猫又だったが
疫禍真っ只中であるにも関わらず大挙して押し寄せる異国の人間までもが
挙って股の間からのぞき見てしまうという奇行を
日々目の当たりにするうちに
不覚にも僅かながら擽られてしまった好奇心の悪戯か
無意識のうちに股のぞき台へと続く順番待ちの行列に並んでしまったのだ

待つこと小一時間

百数十年の猫生で初めて股のぞき台の上に乗った猫又は
仁王立ちで天橋立を展望し改めてその景色に息を呑んだ

なんと素晴らしい絶景ではないか
本当に人間という輩は愚かな生き物だ
猫も杓子も股の間からのぞき見よってからに…

と思わず人間の不粋に呆れ肩を竦める猫又であったが

猫も杓子も…?

猫も…

と自ら発した心の声に消えかけていた好奇心が再び蘇り
嫌々ながらも渋々仕方なくあくまでも致し方なく
えいやっと体を丸め股の間から向こうを見ると
自分の後ろに並んでいた筈の順番待ちをする大勢の観光客が
天地逆になりこちらを見ているではないか

しかし一瞬混乱するも直ぐに自らの不覚に気付く猫又
天橋立に正対したまま前屈し
股の間から後ろを見ればそりゃあそうだ…

すると外国人観光客の一人が声を上げた

Wow ! It's like an upside-down Fuji !!!
( ワオ! アレッテ マジ サカサフジ ミタイジャン !!! )

成る程確かに
股間から垂れ下がり顎の上にぽてりと鎮座するプリプリなフグリと
股下からのぞく猫又の口元をモフモフに魅せるウィスカーパッドとが
上下対を成す見事なシンメトリーを描き
正に逆さ富士の如き奇跡の景色を創り出しているではないか
猫又を見つめる外国人観光客達から一斉に巻き起こる
割れんばかりの拍手と歓声が鳴りやまない

異国の言葉は解せぬ猫又であるが
一身に集まる視線に湧き上がった羞恥心は
大衆の面前に自らの菊門を晒している事を気付かせ
たまらず股のぞき台からジャンプ一閃

成相山の急な山肌を華麗に転がり落ちながら
木々の向こうに垣間見える天橋立は粉うことなく絶景で

「やはり人間は不粋で愚かな生き物である」

そう身を以って確信を得る猫又であった








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事で

猫又が創り出す絶景というものもあるのですねっ

そんな根付ですどうぞご覧あれ





六面図





天橋立の方を向いたまま股のぞき態勢をとってしまうという…
猫又一生の不覚である





股間に垂れ下がるプリプリなフグリと
口元のモフモフなウィスカーパッドが作り出す
奇跡のシンメトリー
これが絶景
「逆さ猫又」





肉球も愛でよ





華麗に崖を転がり落ち中
の感じにも見え…るだろうか





尾の部分
誘うようにぽっかり開いた透かしには
決して紐を通してはいけません
提げにも出来るじゃん
とか思ってはいけません
鬆が多い部分ですから
押すなよ絶対押すなよみたいな





紐穴は安定の水平二連
紐を通すとこんな感じです
1㎜径のアジアンリース通してます





サイズはこんな小っさくプリティ
決して提げには…





やはり人間は愚かであったにゃ
根付「逆猫」完成です

猫は強い
猫には毎度助けられてる
そんな猫をまた彫りましょうね

猫又なのですけれども…