素材:鹿角、黒檀、ピンクアイボリー、アジアンリース
これを彫ろうって決める時は
理由とか都合とか
色々こう…
あるんですね
「今なら彫れる」とか
「今やっとかないと」とかねぇ
いや
とりとめのない話です
すみません
新作御紹介しましょうね
至水妄想奇譚
「火立てのおつとめ」
とある地方都市の県境山間部
住民の老齢化が加速し超限界集落となった里山の風景に
到底不似合いな中規模医療施設が建造され5年が経つ
その医療施設は対象とする患者を後期高齢者に限定した
緩和ケア病床80床を含む総病床数360の完全独立型ホスピスで
開業から今日まで沢山の人生を看取って来た
過ぎた核家族化の行きつく先か殆どの患者に身寄りなく
行旅病人及行旅死亡人取扱法に則り市の担当執行員へ引き渡された亡骸は
いつものように
人生の最後に行使出来る権利として全てが丁重に荼毘に付される
緩和ケア病棟地下一階にある霊安室の奥に備えられた祭壇は
線香の燃え残りが埋まったままの香炉と
その両側に火立てが置かれただけの簡素なものだが
遺族が訪れる事のない霊安室には十分な祭壇なのだろう
しかし葬送の在り方良し悪しをどう感じようとも
人間の心情都合に一切係わらず
数多くの魂の消失を見届けてきた小さな空間は
この世の理から外れた何かを引き寄せてしまう
ある日の深夜
人の気配が消えた緩和ケア病棟地下一階
霊安室の奥にある祭壇の上で
不意に火立ての一つがカタカタと音を立て震え傾き落下した
床に弾けた火立ての皿からは溶け固まり堆積した蝋が剥がれ飛び散り
蝋燭の燃えさしが床を転がる
その傍らでは火立てが引き攣り蠢きながら徐々に人の形を成していき
両の手足が生え揃うまでものの数分
慣れた仕草で起き上がると
燃えさしを抱え祭壇をよじ登り香炉の後ろに見つけたマッチを一擦り
いつものように
火を灯した燃えさしを頭の上に乗せ
自らの役目を全うするため霊安室を抜け出した火立ては
非常灯の明かりだけの暗がりに小さな蝋燭の焔を揺らしながら
三階の病室を目指し階段を登っていく
緩和ケア病棟三階303号室
細く細い三日月の明り射す個室のベッドの上には
薄暗い天井を見つめる老婆が一人
「こんな夜中に目が覚めるなんて…」
ここに転院して二年の間
モルヒネのぼんやりした視界で見慣れた風景が
今はやけにハッキリと鮮やかに見えている
起き上がる事は出来ないが身体も軽く気分が良い
頭の中の靄もすっかり晴れ
昔の事を色々と色々と振り返り思い出す
辛い事が多い人生だった筈だけれど
思い出すのは楽しかった事や嬉しかった事ばかりで
思わず顔がほころんだ
ふと何か気配を感じた老婆は頭を横にすると
燃え尽きそうな蝋燭の焔を頭に乗せこちらを見つめる火立てと目が合い
何かを察した
「こんな走馬灯なら悪くないわねぇ」
ふふっと笑い
ゆっくりと目を閉じる老婆の耳元で
ジジッと蝋燭が燃え尽きる音がした
翌日早朝
303号室を訪れた看護師は
穏やかな微笑みを湛え眠る老婆と
枕元に転がる火立てを見つけ
いつものように
病室を飛び出し担当医の元へ走った
いつものように
終
※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です
という事でですね
此奴を彫ろうって決めたのが
鹿角の表皮テクスチャを出来る限り残して
つまり工数減らして低価格でリリースしよう
ってのが動機だったのですが
結局いつものように
い・つ・も・の・よ・う・に
色々手を加えちゃって…
こんなです
六面図
「火立鬼は火立ての付喪神!」
という事で創作妖怪なのですが…
火立て(ひたて)は仏壇などに置かれる燭台
蝋燭立てなのだけれどまぁ原型留めてないですね
蝋燭を乗せるものという概念が残るのみです
鹿角のテクスチャに色々なイメージが湧き上がるよう
意図して右半身は極力彫らず
溶けた蝋燭がボタボタ落ち固まった様子
とか
蝋燭の明かりで暗がりの壁に映し出される火立鬼のシルエット
とか
焔で焦げた香り
とかとか
見えて来い見えて来い
見えて来てほしい
当初蝋燭の「焔」は房状にした根付紐で表現しようとしてました
しかしコレがなんとも纏まらなく
根付「びしゃがつく」の時も口から吐き出す液体を
同様に根付紐で表現しましたが
あれは装身時にどこかに触れたりしてどう形が変わろうが
「不定形の液体」に見えてくれるので良かったのだけれど
蝋燭の焔は焔感のある形ってのはあるから
その形状を維持出来ないのであれば…
という事でボツにしまして
蝋燭の燃えさし型紐留め具に
「黒く焦げた蝋燭の芯(×3)」と「焔」を制作
装身時の焔は切り捨てましたので
解れ止めの加工をしたアジアンリース製のパーツ
「黒く焦げた蝋燭の芯」を嵌めて
蝋燭の燃えさしを頭に乗せた火立鬼状態で使っていただこうと
※差し替えパーツなので装身時に外れ紛失した場合を想定し
予備を含め3本付属してます
とは言えやはり火を灯した状態も欲しいので
ディスプレイ用と割り切った
ピンクアイボリー製の差し替えパーツを制作
蝋燭の焔は「ゆら~っ」とした感じを出したかったので
外炎の先っぽをほっそほそに成形して
こんなの装身時に絶対折れちゃうから
あ・く・ま・で
ディスプレイ用です
そんな仕様です
という事で焔パーツを装着してこんな
ディスプレイモードの火立鬼
マッチの燃えがら持ってますね
とろっとした背中
尻をかく火立鬼
蝋燭の燃えさし型紐留め具に根付紐を通し
パイルダーオンな紐通しです
サイズはこんな
そこそこ縦長ボリューミー
あなたの人生看取ります
根付「火立鬼」完成です
そうそう火立鬼の役目ってなんだろうって話
「命の焔が燃え尽きる」とか
「命の蝋燭の火が消える」とか
蝋燭や焔が人の命のメタファーになっていたりしますけども
とある人間に残された僅かな余命と
火立てに乗った燃えさしが燃え尽きるまでの時間が等しく重なった瞬間
蝋燭の焔として可視化される死期をその人間に伝え最後を共にする
という役目を持ち覚醒する付喪神が火立鬼なのです
という創作です
人間死ぬ時は一人と言いますけど
たとえ看取ってくれる身内が居らずとも
楽しい記憶ばかりが映し出される走馬灯を観ながら
傍でその瞬間を共にする「何か」がいて
笑って逝ける最後ってのが
ごく普通に
いつものように
人知れず繰り替えされているんじゃないかなあとか妄想してみたり…