2023/04/04

根付 其ノ佰漆拾玖

『 びしゃがつく 』
素材:鹿角



いやぁ…
ホントは干支モノの兎の根付を完成させて
その投稿と共に華々しく
2023年明けましておめでとー
って始める筈だったのですが
なかなかに色々と重たい作品でまだ弄り続け
もう4月になってしまったりなので

順番変わりまして申し訳ありませんと

他の完成品からしれっと投稿開始していく事にします

しれっとね





至水妄想奇譚

「ビシャが憑く」

終わらないコロナ禍で迎える三度目の夏
北海道の本社から福井県へ出張する事となった営業職の男は
先ずは坂井市の支社へ三年ぶりに顔を出した

茹だるような暑さのせいで
手土産のマルセイバターサンドはドロドロに溶け
苦笑いの挨拶もそこそこに目的地の小浜市へ向かう

会社の方針により屋外でもマスクは外せない
午後4時現在で39.0度を下らず予報は的中

「北海道民なら溶解する気温だね」

と、一日中着けっぱなしのマスクの中くぐもった声が漏れた

5時までまだ時間がある
福井出張での営業ノルマを達成するために
最低でももう一社
飛び込みで営業かけなければ…
男は急ぎ歩こうとすると
足が縺れよろめいてしまった

「えぇ…? 熱中症

すると背後で水溜まりを踏み爆ぜるような音がした

「ビシャリ?」

雨も降らない真夏の歩道に水の音

「打ち水した…?」

いや違う

「そーだ… みぞれ混じりの水溜まり踏んだような…」

北海道は函館に生まれ育ち二十五年
この男には耳馴染みの音だ

「だってビシャリってさ…」

そして

「あぁ…?」

気付く

「今… 夏だべや」

明らかな

「いやぁ… 幻聴だ…」

思考の混濁

「暑さでどうかなってんな俺…」

しかし暑さとマスクに朦朧とする男の妄想は

「いやぁ…?コレ妖怪の仕業だろ」

加速する

「背後で足音とかさ…」

止まらない

「坂井支社出たあたりからだよ」

妄想が

「なーんかずーっと気配感じてたんだ」

止まらない

「知ってるよ俺キタローとか好きで全部見てっからさぁ」

口元がにやりと歪み
妖怪をやり過ごすためのあの言葉が口をついて出た

「べとべとさーん お先におー越ーしー」

…………………………………………………

「ほらあ… 消えるっけさぁ…」

急速に妄想が薄らいだ男の思考は現実に引き戻され

「ははっ… んな妖怪な訳ないっしょや」

へらへら笑いながら振り返ると
其処にはいつの間に沸いたか緩いゲル状の水溜まりの上に
二本の足で立つ異形の化物が

その姿は両腕諸共に胸から上が消失した人間の胴体の如きのっぺらぼうだ

振り向いた男に気付いた化物は
胴体の上部に開口した大穴から怯え震える悲鳴を上げた

ヒィィィィィィィィィィィィィィィィ

悲鳴と共に吐き出される大量の液体は
ビシャリビシャリと地に落ちると幾つもの水溜まりを作り
気化熱と引き換えに涼やかな風が男を包む

「あぁ… 打ち水だよ… 気持ちいい…」

次の瞬間
ガシュリと硬く湿った音と共に
男の胸から上は嚙み千切られ化物の胃の腑に収まった

真赤な血溜まりの上に立つ両腕諸共に胸から上が消失した男の前で
化物は安堵したのか小首を傾げ
何か腑に落ちた様子で足元の水溜まりにビシャリと沈み姿を消した

2022年8月1日
福井県小浜市では県内観測史上最高の気温39.1度を記録し
コロナ禍の猛暑は遍く全てを朦朧とさせていた

妖怪もまた例外ではなく…






※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





はい

べとべとさんと間違えたのかなっ
うろ覚えの妖怪知識が最悪の結末を呼び寄せてしまうという
好例ですね戒めです





六面図





いたる所に配した水飛沫と
ゲル感漂わす液体がビシャリビシャリ





そして最大のチャームポイントが
このプリケツ♡





けつぅぅぅぅぅぅぅぅっ!





胴体の上部に開口した大穴
びしゃがつくのお口な訳ですが
やはり二本の足が生えた大口といえば
人間の背後で音立てる妖怪の共通フォーマットにしたいくらい
水木先生のべとべとさんオマージュなのです





銘は大口に呑み込まれていて
その大口が紐穴なのですが
結玉の先にやや長く残した紐を解いてですね
ブッシャーと放出させる仕様です





サイズはこんなで





冬でもないのに現れて
坂井離れて小浜まで憑いて来ちゃうなんて…
根付「びしゃがつく」完成です

コロナ禍の猛暑は妖怪の生態までも狂わせてしまうのかなぁ…

という妄想です

今年の夏も暑くなりそうで今からゲンナリしておりますが
兎の根付もさっさと仕上げ2023年をスタートさせたいところ

至水はまだ2022年にいますよ