2024/06/24

根付 其ノ佰玖拾陸

『 逆猫 』
素材:鹿角、黒水牛角



何かいつになくブログ更新が順調ですね
どこまで続くかはアレですが…
がむばりますよ

因みに「逆猫」と書いて「さかさねこ」と読みます





至水妄想奇譚

『逆さ猫又』

コロナ禍の記憶も薄れ行く2024年の日本
円安の恩恵は外国人旅行客の誘引を加速させ
インバウンドによるオーバーツーリズムが問題視される昨今
日本三景の一つである天橋立もまた例外ではなく
京都府宮津市大垣にある天橋立傘松公園は
連日押し寄せる観光客で賑わいを見せていた

天橋立といえば
「股のぞき」
阿蘇海に背を向け高台に立ち
前屈した状態で股の間から見る景色は
天橋立がまるで天に架けられた橋のようにみえるという
明治より続く一風変わった鑑賞方法である

今日も傘松公園に用意された股のぞき台には
夥しい人集りから連なる順番待ちの行列が
正に天橋立の如く伸びていた

そんな行列のなか明らかに人外異形の輩が一人
いや一匹

阿蘇海を一文字に横断する松林生い茂る白い砂州を
天に掛かる大橋に見立てた天橋立の壮大さに惚れ込み
成相山を根城と決め
百年に渡り人間社会をサヴァイヴし続けて来た猫又である

蒼海と白砂青松が織り成す
鮮やかな三色のコントラストとダイナミズムは
正に大自然が作り出した奇跡
唯それだけで絶景足り得る天橋立であるにも関わらず
股の間から眺めようなぞ不粋な人間の酔狂を
野猫の頃より冷ややかな目で見続けていた猫又だったが
疫禍真っ只中であるにも関わらず大挙して押し寄せる異国の人間までもが
挙って股の間からのぞき見てしまうという奇行を
日々目の当たりにするうちに
不覚にも僅かながら擽られてしまった好奇心の悪戯か
無意識のうちに股のぞき台へと続く順番待ちの行列に並んでしまったのだ

待つこと小一時間

百数十年の猫生で初めて股のぞき台の上に乗った猫又は
仁王立ちで天橋立を展望し改めてその景色に息を呑んだ

なんと素晴らしい絶景ではないか
本当に人間という輩は愚かな生き物だ
猫も杓子も股の間からのぞき見よってからに…

と思わず人間の不粋に呆れ肩を竦める猫又であったが

猫も杓子も…?

猫も…

と自ら発した心の声に消えかけていた好奇心が再び蘇り
嫌々ながらも渋々仕方なくあくまでも致し方なく
えいやっと体を丸め股の間から向こうを見ると
自分の後ろに並んでいた筈の順番待ちをする大勢の観光客が
天地逆になりこちらを見ているではないか

しかし一瞬混乱するも直ぐに自らの不覚に気付く猫又
天橋立に正対したまま前屈し
股の間から後ろを見ればそりゃあそうだ…

すると外国人観光客の一人が声を上げた

Wow ! It's like an upside-down Fuji !!!
( ワオ! アレッテ マジ サカサフジ ミタイジャン !!! )

成る程確かに
股間から垂れ下がり顎の上にぽてりと鎮座するプリプリなフグリと
股下からのぞく猫又の口元をモフモフに魅せるウィスカーパッドとが
上下対を成す見事なシンメトリーを描き
正に逆さ富士の如き奇跡の景色を創り出しているではないか
猫又を見つめる外国人観光客達から一斉に巻き起こる
割れんばかりの拍手と歓声が鳴りやまない

異国の言葉は解せぬ猫又であるが
一身に集まる視線に湧き上がった羞恥心は
大衆の面前に自らの菊門を晒している事を気付かせ
たまらず股のぞき台からジャンプ一閃

成相山の急な山肌を華麗に転がり落ちながら
木々の向こうに垣間見える天橋立は粉うことなく絶景で

「やはり人間は不粋で愚かな生き物である」

そう身を以って確信を得る猫又であった








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事で

猫又が創り出す絶景というものもあるのですねっ

そんな根付ですどうぞご覧あれ





六面図





天橋立の方を向いたまま股のぞき態勢をとってしまうという…
猫又一生の不覚である





股間に垂れ下がるプリプリなフグリと
口元のモフモフなウィスカーパッドが作り出す
奇跡のシンメトリー
これが絶景
「逆さ猫又」





肉球も愛でよ





華麗に崖を転がり落ち中
の感じにも見え…るだろうか





尾の部分
誘うようにぽっかり開いた透かしには
決して紐を通してはいけません
提げにも出来るじゃん
とか思ってはいけません
鬆が多い部分ですから
押すなよ絶対押すなよみたいな





紐穴は安定の水平二連
紐を通すとこんな感じです
1㎜径のアジアンリース通してます





サイズはこんな小っさくプリティ
決して提げには…





やはり人間は愚かであったにゃ
根付「逆猫」完成です

猫は強い
猫には毎度助けられてる
そんな猫をまた彫りましょうね

猫又なのですけれども…



2024/06/21

根付 其ノ佰玖拾肆

『 泥田坊 』
素材:鹿角、真鍮、黒水牛角



更新遅くなってしまいましたが
勿怪の幸い 第四集 の会期は6月23日(日)まで
会期中に投稿出来たのでセーフですね
うん

それでは今年の勿怪の幸いに出品している根付其の二
泥田坊です

行ってみましょう





至水妄想奇譚

『爺じの案山子』

新潟に生まれ大卒入社した地方銀行勤務を全うし三十六年
中間管理職止まりだったが胃痛止まぬ毎日を耐え抜き
一人息子も独り立ちし家族を養うまでになった
昨年妻に先立たれ老後の計画の殆どが白紙になったものの
定年を機に一念発起
退職金と貯蓄の半分を費やし土地を手に入れた

自給自足に憧れ選んだ耕作放棄地は一人で耕すには広すぎたが
唯一の身寄りである息子家族に残してやれる財産にもなるだろう
なにより今年五歳になった初孫の大好きな握飯を
自ら収穫した新米を炊いて食わせてやりたい
齢六十を迎えた男の第二の人生に新たな夢が出来たのだ

田起こしを始め三月程
息子夫婦が孫を連れてやって来た
「かかしっ!じぃじの田んぼを守るんだ!」
家族三人で作った案山子を担ぐ父親を指さし
鼻息荒く胸を張る孫の姿は爺じ最大の励みになった

デスクワークばかりの人生で初めて挑戦した農作業は思うように捗らず
漸く田掻きが終わった頃には初秋を迎えてしまったが
それでも爺じは前向きで
収穫の喜びは来年のお楽しみに取っておこうやと
案山子の肩をぽんと叩いた

息子の海外赴任の知らせを聞いたのは
未だ馴れない独り暮らしの冬支度を始めた矢先
息子家族が日本を出るとは何とも寂しいものだが
次に会う時は爺じの作った米でもてなすからと
しかめっ面でぐずる孫に笑顔で手を振り見送った年末

この冬の寒さは今までになく身に染みる…

年が替わり満開の桜が散りゆく春
田掻きを終えたふかふかの土の上で力なく横たわる爺じを見つけたのは
海外移住を決断せざるを得なくなった息子からの手紙を届けるため
一か月ぶりに爺じの元を訪れた顔なじみ郵便配達員だった

心疾患により爺じが急逝した悲しい春から二十年が経ったある日
持ち主が変わった爺じの土地を未だ守り続ける案山子の前に
耕作放棄地の有効利用を掲げ
市が推進しているメガソーラーの建設が決まった土地を
一人下見に訪れた建設請け負い業者の現場監督が現れた

「この辺りだけ湿地なのは田んぼだったのかね…」

「しっかしこんな小さい作付面積じゃぁ…」

「前の地権者は定年退職した年寄りだったらしいが…」

「道楽農業ってやつか…」

現場監督は悪態を吐きながら畦に立つ案山子を引き抜くと
湿地に蹴落とし足場代わりに飛び乗った

「まぁそこまで深くは…」

案山子を踏みしめながら足元に目をやると
泥から突き出た三本指の真っ黒な腕が現場監督の両足首を握りしめ
一気に湿地の中へと引き込んだ

「な…なんでこんな…深っいっ…」

かろうじて泥の上に顔だけを残し
狼狽え混乱する現場監督を呑み込んだ湿地はどろどろと蠢き
肺を骨を強く静かに締め上げ圧迫する
次第に意識遠のく男の耳元で確かに聞こえた
田… を… か… え… せ…
それは案山子だけが今も忘れず覚えている
懐かしい爺じの声であった

翌朝
畦に立つ泥に塗れた案山子が見守る爺じの田んぼには
小さく固まった現場監督の圧死体が転がっていた

自ら収穫した新米を炊き初孫に握飯をふるまいたい
唯それだけを願う爺じの魂は泥田に溶け合い漂い続ける

田…を…か…え…せ…

田… を… か… え… せ…

田 … を … か … え … せ …

今日も作業服姿の男達が沢山やってきた

それは田を取り返すまで続くのだろう

爺じの案山子に見守られながら…










※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね

爺じが田をかえせと叫びたい心情と同様に
コロナが奪っていった全てを取り戻したい

そんな毎日が続いておりますが
ままなりませんね
それでも人は生きるのです

さて泥田坊です

こんなです





六面図





泥塗れの爺じ





泥田から案山子を抱き上げる爺じ





肘から滴ったり↑飛び散ったり↓する泥水を彫る
胡麻団子食べたくなるテクスチャ






尻辺りに湧く雑草強し
合鴨を放て





息子家族が作ってくれた案山子
もうボロボロ





よく見るとじんわり浮き出る
タ…ヲ…カ…エ…セ…





紐通しはこんな感じ
泥田坊の体内にすっぽり吸収される結玉





サイズは小ぶりな爺じ





案山子は取り返した…必ず田んぼも取り返す
根付「泥田坊」完成です

こんな状況で参加させて頂いた勿怪の幸い
至水にとっても勿怪の幸いになったら良いなと願いつつ
それでもままならない人生を生きるのだ

生きねばね



2024/06/16

根付 其ノ佰玖拾弐

『 磯童 』
素材:鹿角、珊瑚、黒水牛角、黒檀



それでは早速今年の勿怪の幸いに出品している根付其の一
磯童から行ってみましょうね





至水妄想奇譚

『勿怪の幸い』

九州場所千秋楽の夜
所属力士の一人が十両昇進を確定させ
次はいよいよ角界随一の弱小部屋から初の幕内力士が誕生するぞと
部屋関係者が定宿にしている旅館には沢山の谷町が駆けつけ
嘗てない程の祝勝ムードに賑わう酒宴が続くなか
宴会場を静かに抜け出す男が一人
旅館の前に停車していたタクシーに大きな躰を縮こませ乗り込んだ

福岡から北九州市へ向かい一時間程で
車窓から眺める景色は見覚えのある懐かしい街並みに変わり
タクシーを降りた港町で心地良い浜風に吹かれながら
ふらふらと歩きついた遠見ヶ鼻の磯に腰を下ろす

小さい頃から躰が大きく相撲が好きで
中学を卒業すると同時に
憧れていた力士が引退後親方となった相撲部屋の門を叩いた男は
部屋一番の腕力と2メートル弱の大きな躰に期待されるも
相撲の才能とは別ものである
入門から二十年の間
前相撲で一度も白星無く
部屋では「歩く鉄砲柱」と練習相手に重宝がられ
実質専属のちゃんこ番をこなし続けるうちに
料理の腕だけが磨かれていった

雲一つない真っ黒な夜空に光る月は凪いだ響灘を揺ら揺ら照らし
ぼんやりと思い出した相撲部屋での二十年は
「いい加減相撲に見切りをつけなきゃな…」
そう男に決心させ
立ち上がろうとした刹那
背後でずるずると磯岩に何かが擦れる音が聞こえた

振り向くと月明りの仄暗さに慣れ始めた男の目に
か細い両の手で赤子を抱いた女性らしき人影が近づいて来るのが映り
背筋が凍った

地べたを引きずるまでの長い黒髪が絡んだ躰に足は無く大蛇のような…
「あぁ…小さいとき婆ちゃんに聞いたことがある…牛鬼の話…磯女だ」
そう呟いた時
遂に手の届く距離まで近づいた磯女に見入られ
どうにも思うように躰を動かす事が出来なくなった男が
差し出された赤子を促されるまま抱きかかえると
お包みのなかですやすやと眠る赤子の柔肌は徐々に固く石と成り
のしかかるその重さに全く身動きが取れなくなった

狼狽する男の傍ら
にたり にたり とほくそ笑む磯女が指さす沖では
凪いだ響灘の海面に映った月が割れ渦を巻き
禍々しい角を揺らしながら巨大な牛鬼の頭が現れた

岸へ近付くにつれ徐々に現れる姿は正に鬼蜘蛛の躰
ギシギシと関節を鳴らし歯を鳴らし男を睨みつける牛鬼の目に
これは生物の本能か
「喰われる…」
と九死に一生を得んと振り絞った怪力が
重さ百貫近くまで至った石の赤子を
牛鬼目掛け投げつけるべく頭上高く持ち上げさせたその刹那
遠見ヶ鼻に赤子の泣き声が響き渡った

泣き声にたじろぎ
口惜しそうに海中へと沈み行く巨大な牛鬼に
慌てふためく磯女もまた後を追うように姿を消すと
途端に赤子はすっと軽くなり
安堵し腰砕け座り込んでしまった男は
思わずよしよしと抱きかかえた腕の中で夜泣く赤子をあやし続けた

遠見ヶ鼻に隣接する港町には「磯家」という古い居酒屋がある
閉店後まだ明かりが灯る厨房で翌日の仕込みを始めた深夜一時
からりと開いた引き戸に気付いた店主夫妻は
店の入口で俯き肩を震わせて立ち竦む赤子を抱いた大きな男を見るや
一瞬息をのみ「おかえり」と声をかけた

あの頃と変わらぬ両親の声に堪えきれず声をだし泣き出す男
店主夫妻は何も聞かず二十年振りに帰って来た息子を暖かく迎え入れた

相撲部屋で二十年続けたちゃんこ番の腕前は遺憾なく発揮され
魚介をふんだんに使った「磯ちゃんこ」の評判は瞬く間に広がり
親子三人で切り盛りする居酒屋「磯家」は
一年も経たぬうちに客の絶えない繁盛店となった

あの夜 遠見ヶ鼻で磯女に抱かされた赤子は重雄と名付けられ
すくすくと健康に育ち今年二歳の誕生日を迎えた

重雄の周囲に度々現れる小さな妖しい化け物や
赤い瞳と額から生え始めた角が気にならない訳でもないが
常連客にも可愛がられる人気者は
今日も店の小上がりで薄っすらと見える小さな磯女っぽいヤツを尻に敷き
牛鬼っぽいやつを捏ね繰り回してはキャッキャと笑っている

小上がりのテーブルを拭きながら
傍らではしゃぐ重雄を見つめていた母が顔を綻ばせ思わず呟いた

「ほんと勿怪の幸いだねぇ」








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
おそらくですよ
おそらく男が赤子を頭上高く持ち上げたアレ
期せずして
高い高ーい♪
が成立してしまったんじゃないのかなぁって…

そんな磯童ですどうぞ





六面図





目が怖いよ重雄ちゃん





牛鬼っぺぇのを捏ね繰り回す重雄ちゃん





新たに湧いて出た何かを見つめる重雄ちゃん…





ふかふか磯女クッションに御満悦な重雄ちゃん





磯女っぽいけど薄っすらとした
おそらく海妖の幽体であり
牛鬼っぽいけどコレもまた
人間に育てられる磯童の成長を監視
隙あらば奪取せんがために
遣わされたのではなかろうかと推察されます





根付紐通った重雄ちゃん
小ぶりな根付の紐穴は基本水平二連同径にしがち





サイズはこんな感じの重雄ちゃん





居酒屋「磯家」のアイドル重雄ちゃん♪
根付「磯童」完成です

明日にはもう一点の勿怪の幸い出品作であります
「泥田坊」の投稿を完了させたいなと思いつつ…






もののけ根付展「勿怪の幸い 第四集」



各SNSでは既に触れておりますが
なかなかにヘビーな私事の連続で満足に告知も出来ぬまま
昨日より開催されております2年に1度のグループ展
もののけ根付展「勿怪(もっけ)の幸い」 第四集
今更ながらの告知です

・会期・
2024年6月15日[土]~23日[日] ※17日[月]休廊
13:00〜19:00(最終日〜18:00まで)

・会場・
〒113 - 0031 東京都文京区根津 1-1-14 らーいん根津202
Gallery花影抄/根津の根付屋

・参加作家・
加賀美光訓、狛、三昧、至水、子竹、孺禾、関根蕪
道甫、中梶真武、永島信也、藤井安剛、万征、森謙次
百々、山鹿、由良薫子、楽虫、利歩、れんげ堂
の総勢19名


さて今回の至水のテーマは「日日是百鬼夜行」

裏テーマが「今の自分に出来る目一杯」

磯童と泥田坊の2点を出品しております

磯童

泥田坊



もともとは違う妖怪を彫る予定だったのですが

今の自分の状況ではなかなか難しく
このタイミングで納品可能な作品へ
急遽変更させて頂きました


2年に1度の勿怪だから皆気合い入ったヤツ出展するもんなぁ
と思うと本当になんとも申し訳なく
一回休みも考えたものの
ほぼほぼ妖怪ばかり彫っている至水の日常は日日是百鬼夜行
今の自分に出来る目一杯で参加させていただきますという事で
何卒よろしくお願い申し上げます






「田ヲ返セ」と叫びたい泥田坊の心情と同様に
コロナが奪っていった全てを返してもらえんですかね…


そんな毎日を過ごしておりますよ