2024/06/21

根付 其ノ佰玖拾肆

『 泥田坊 』
素材:鹿角、真鍮、黒水牛角



更新遅くなってしまいましたが
勿怪の幸い 第四集 の会期は6月23日(日)まで
会期中に投稿出来たのでセーフですね
うん

それでは今年の勿怪の幸いに出品している根付其の二
泥田坊です

行ってみましょう





至水妄想奇譚

『爺じの案山子』

新潟に生まれ大卒入社した地方銀行勤務を全うし三十六年
中間管理職止まりだったが胃痛止まぬ毎日を耐え抜き
一人息子も独り立ちし家族を養うまでになった
昨年妻に先立たれ老後の計画の殆どが白紙になったものの
定年を機に一念発起
退職金と貯蓄の半分を費やし土地を手に入れた

自給自足に憧れ選んだ耕作放棄地は一人で耕すには広すぎたが
唯一の身寄りである息子家族に残してやれる財産にもなるだろう
なにより今年五歳になった初孫の大好きな握飯を
自ら収穫した新米を炊いて食わせてやりたい
齢六十を迎えた男の第二の人生に新たな夢が出来たのだ

田起こしを始め三月程
息子夫婦が孫を連れてやって来た
「かかしっ!じぃじの田んぼを守るんだ!」
家族三人で作った案山子を担ぐ父親を指さし
鼻息荒く胸を張る孫の姿は爺じ最大の励みになった

デスクワークばかりの人生で初めて挑戦した農作業は思うように捗らず
漸く田掻きが終わった頃には初秋を迎えてしまったが
それでも爺じは前向きで
収穫の喜びは来年のお楽しみに取っておこうやと
案山子の肩をぽんと叩いた

息子の海外赴任の知らせを聞いたのは
未だ馴れない独り暮らしの冬支度を始めた矢先
息子家族が日本を出るとは何とも寂しいものだが
次に会う時は爺じの作った米でもてなすからと
しかめっ面でぐずる孫に笑顔で手を振り見送った年末

この冬の寒さは今までになく身に染みる…

年が替わり満開の桜が散りゆく春
田掻きを終えたふかふかの土の上で力なく横たわる爺じを見つけたのは
海外移住を決断せざるを得なくなった息子からの手紙を届けるため
一か月ぶりに爺じの元を訪れた顔なじみ郵便配達員だった

心疾患により爺じが急逝した悲しい春から二十年が経ったある日
持ち主が変わった爺じの土地を未だ守り続ける案山子の前に
耕作放棄地の有効利用を掲げ
市が推進しているメガソーラーの建設が決まった土地を
一人下見に訪れた建設請け負い業者の現場監督が現れた

「この辺りだけ湿地なのは田んぼだったのかね…」

「しっかしこんな小さい作付面積じゃぁ…」

「前の地権者は定年退職した年寄りだったらしいが…」

「道楽農業ってやつか…」

現場監督は悪態を吐きながら畦に立つ案山子を引き抜くと
湿地に蹴落とし足場代わりに飛び乗った

「まぁそこまで深くは…」

案山子を踏みしめながら足元に目をやると
泥から突き出た三本指の真っ黒な腕が現場監督の両足首を握りしめ
一気に湿地の中へと引き込んだ

「な…なんでこんな…深っいっ…」

かろうじて泥の上に顔だけを残し
狼狽え混乱する現場監督を呑み込んだ湿地はどろどろと蠢き
肺を骨を強く静かに締め上げ圧迫する
次第に意識遠のく男の耳元で確かに聞こえた
田… を… か… え… せ…
それは案山子だけが今も忘れず覚えている
懐かしい爺じの声であった

翌朝
畦に立つ泥に塗れた案山子が見守る爺じの田んぼには
小さく固まった現場監督の圧死体が転がっていた

自ら収穫した新米を炊き初孫に握飯をふるまいたい
唯それだけを願う爺じの魂は泥田に溶け合い漂い続ける

田…を…か…え…せ…

田… を… か… え… せ…

田 … を … か … え … せ …

今日も作業服姿の男達が沢山やってきた

それは田を取り返すまで続くのだろう

爺じの案山子に見守られながら…










※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね

爺じが田をかえせと叫びたい心情と同様に
コロナが奪っていった全てを取り戻したい

そんな毎日が続いておりますが
ままなりませんね
それでも人は生きるのです

さて泥田坊です

こんなです





六面図





泥塗れの爺じ





泥田から案山子を抱き上げる爺じ





肘から滴ったり↑飛び散ったり↓する泥水を彫る
胡麻団子食べたくなるテクスチャ






尻辺りに湧く雑草強し
合鴨を放て





息子家族が作ってくれた案山子
もうボロボロ





よく見るとじんわり浮き出る
タ…ヲ…カ…エ…セ…





紐通しはこんな感じ
泥田坊の体内にすっぽり吸収される結玉





サイズは小ぶりな爺じ





案山子は取り返した…必ず田んぼも取り返す
根付「泥田坊」完成です

こんな状況で参加させて頂いた勿怪の幸い
至水にとっても勿怪の幸いになったら良いなと願いつつ
それでもままならない人生を生きるのだ

生きねばね



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