2024/06/16

根付 其ノ佰玖拾弐

『 磯童 』
素材:鹿角、珊瑚、黒水牛角、黒檀



それでは早速今年の勿怪の幸いに出品している根付其の一
磯童から行ってみましょうね





至水妄想奇譚

『勿怪の幸い』

九州場所千秋楽の夜
所属力士の一人が十両昇進を確定させ
次はいよいよ角界随一の弱小部屋から初の幕内力士が誕生するぞと
部屋関係者が定宿にしている旅館には沢山の谷町が駆けつけ
嘗てない程の祝勝ムードに賑わう酒宴が続くなか
宴会場を静かに抜け出す男が一人
旅館の前に停車していたタクシーに大きな躰を縮こませ乗り込んだ

福岡から北九州市へ向かい一時間程で
車窓から眺める景色は見覚えのある懐かしい街並みに変わり
タクシーを降りた港町で心地良い浜風に吹かれながら
ふらふらと歩きついた遠見ヶ鼻の磯に腰を下ろす

小さい頃から躰が大きく相撲が好きで
中学を卒業すると同時に
憧れていた力士が引退後親方となった相撲部屋の門を叩いた男は
部屋一番の腕力と2メートル弱の大きな躰に期待されるも
相撲の才能とは別ものである
入門から二十年の間
前相撲で一度も白星無く
部屋では「歩く鉄砲柱」と練習相手に重宝がられ
実質専属のちゃんこ番をこなし続けるうちに
料理の腕だけが磨かれていった

雲一つない真っ黒な夜空に光る月は凪いだ響灘を揺ら揺ら照らし
ぼんやりと思い出した相撲部屋での二十年は
「いい加減相撲に見切りをつけなきゃな…」
そう男に決心させ
立ち上がろうとした刹那
背後でずるずると磯岩に何かが擦れる音が聞こえた

振り向くと月明りの仄暗さに慣れ始めた男の目に
か細い両の手で赤子を抱いた女性らしき人影が近づいて来るのが映り
背筋が凍った

地べたを引きずるまでの長い黒髪が絡んだ躰に足は無く大蛇のような…
「あぁ…小さいとき婆ちゃんに聞いたことがある…牛鬼の話…磯女だ」
そう呟いた時
遂に手の届く距離まで近づいた磯女に見入られ
どうにも思うように躰を動かす事が出来なくなった男が
差し出された赤子を促されるまま抱きかかえると
お包みのなかですやすやと眠る赤子の柔肌は徐々に固く石と成り
のしかかるその重さに全く身動きが取れなくなった

狼狽する男の傍ら
にたり にたり とほくそ笑む磯女が指さす沖では
凪いだ響灘の海面に映った月が割れ渦を巻き
禍々しい角を揺らしながら巨大な牛鬼の頭が現れた

岸へ近付くにつれ徐々に現れる姿は正に鬼蜘蛛の躰
ギシギシと関節を鳴らし歯を鳴らし男を睨みつける牛鬼の目に
これは生物の本能か
「喰われる…」
と九死に一生を得んと振り絞った怪力が
重さ百貫近くまで至った石の赤子を
牛鬼目掛け投げつけるべく頭上高く持ち上げさせたその刹那
遠見ヶ鼻に赤子の泣き声が響き渡った

泣き声にたじろぎ
口惜しそうに海中へと沈み行く巨大な牛鬼に
慌てふためく磯女もまた後を追うように姿を消すと
途端に赤子はすっと軽くなり
安堵し腰砕け座り込んでしまった男は
思わずよしよしと抱きかかえた腕の中で夜泣く赤子をあやし続けた

遠見ヶ鼻に隣接する港町には「磯家」という古い居酒屋がある
閉店後まだ明かりが灯る厨房で翌日の仕込みを始めた深夜一時
からりと開いた引き戸に気付いた店主夫妻は
店の入口で俯き肩を震わせて立ち竦む赤子を抱いた大きな男を見るや
一瞬息をのみ「おかえり」と声をかけた

あの頃と変わらぬ両親の声に堪えきれず声をだし泣き出す男
店主夫妻は何も聞かず二十年振りに帰って来た息子を暖かく迎え入れた

相撲部屋で二十年続けたちゃんこ番の腕前は遺憾なく発揮され
魚介をふんだんに使った「磯ちゃんこ」の評判は瞬く間に広がり
親子三人で切り盛りする居酒屋「磯家」は
一年も経たぬうちに客の絶えない繁盛店となった

あの夜 遠見ヶ鼻で磯女に抱かされた赤子は重雄と名付けられ
すくすくと健康に育ち今年二歳の誕生日を迎えた

重雄の周囲に度々現れる小さな妖しい化け物や
赤い瞳と額から生え始めた角が気にならない訳でもないが
常連客にも可愛がられる人気者は
今日も店の小上がりで薄っすらと見える小さな磯女っぽいヤツを尻に敷き
牛鬼っぽいやつを捏ね繰り回してはキャッキャと笑っている

小上がりのテーブルを拭きながら
傍らではしゃぐ重雄を見つめていた母が顔を綻ばせ思わず呟いた

「ほんと勿怪の幸いだねぇ」








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
おそらくですよ
おそらく男が赤子を頭上高く持ち上げたアレ
期せずして
高い高ーい♪
が成立してしまったんじゃないのかなぁって…

そんな磯童ですどうぞ





六面図





目が怖いよ重雄ちゃん





牛鬼っぺぇのを捏ね繰り回す重雄ちゃん





新たに湧いて出た何かを見つめる重雄ちゃん…





ふかふか磯女クッションに御満悦な重雄ちゃん





磯女っぽいけど薄っすらとした
おそらく海妖の幽体であり
牛鬼っぽいけどコレもまた
人間に育てられる磯童の成長を監視
隙あらば奪取せんがために
遣わされたのではなかろうかと推察されます





根付紐通った重雄ちゃん
小ぶりな根付の紐穴は基本水平二連同径にしがち





サイズはこんな感じの重雄ちゃん





居酒屋「磯家」のアイドル重雄ちゃん♪
根付「磯童」完成です

明日にはもう一点の勿怪の幸い出品作であります
「泥田坊」の投稿を完了させたいなと思いつつ…






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