2022/08/06

根付 其ノ佰陸拾捌

『 福屋の提灯 』
素材:鹿角、真鍮、黒水牛角



はぁー

不穏

世の中どこもかしこもなにもかも不穏で疲れちゃう

だからせめて
幸せを

そこそこの幸せを妄想しよう





至水妄想奇譚

「福屋の提灯」

江戸から歩いて三日ばかり
東海道沿いの小さな集落で茶屋を営んでいた父が亡くなった

六十は疾うに越え大往生だと呑み込むが心残りも無くはない
職人に憧れ家を飛び出し浅草の提灯屋に飛び込み提灯張りを続け十五年
繁盛につき始終忙しく一度も家に帰らず死に目にも会えていなかった

潮時…

齢三十を過ぎた提灯張りの男はふと思い立つ
この世に居ない親への孝行なぞ今更な事は承知の我儘だ
提灯屋を辞め家に帰り親の茶屋を跡取ると
奥歯噛みしめ親方に伝えた

真面目な仕事っぷりで腕の立つ提灯張りを失うのは提灯屋にも苦しい話
さりとて男の決心揺らがぬ事は目を見れば分かる

親方は良し分かったと
仕上がったばかりの提灯十五張を餞別だ持って行けと
惜しみながらも男を送り出した

ここで産まれて十四年
幼少期を過ごした懐かしい家は相変わらず
竈も蒸篭もその頃の記憶のままで
さて早速店開きに取り掛かりたいのだが
飯の焚き方すら知らない男が餡子の仕込みなぞ知る訳もなく
だが一つだけやれる自信は無くはない

昔から父が作ったみたらし団子は好物で
提灯張りで頂いた給金の殆どは
江戸中の甘味処でみたらし団子に変わり胃の腑に収まった
そう言っても過言ではないくらいとにかく喰った

舌が憶えている筈のみたらしの味を再現すべく七日七晩悪戦苦闘の末
入口軒下には親方から餞別で頂いた提灯十五張ずらっと吊るし
新生甘味処「福屋」が店開きした

付け焼刃のそこそこ美味いみたらし団子しか出ない甘味処は
初めは集落の住民が帰郷した男を懐かしみ良く通ってくれていたものの
京へ向かい東海道を歩く旅人も素通りで
繁盛とはならず三月が過ぎた

このままではと男は思い立つ
日が落ちてからも店を開けとこう
何せ餞別に貰った提灯吊るしてあるもんで日ぃが暮れたとて大丈夫
甘さ抑えたみたらしに香の物一つと桝酒を添えて
「大人のみたらし膳」
お品書きが二つになった

店開き以来初めて提灯に火を灯そうと右端から順に蝋燭を入れていくと
真ん中の提灯がごそごそと揺れた
良く見ると火袋裏側の竹骨が割れ紙が裂け
中で何かが動いている

あぁ?こいつぁ蝙蝠じゃねぇか

いつの間に住み着いたか蝙蝠が一匹
軒下に吊るされた提灯の中でぶら下がっていた

居合わせた客が眉をひそめ追い払ってはと進言するも

いやいや唐の国では蝙蝠ってやつは縁起が良いそうで
字ぃが福に似てるからだって訳だが先代が付けた店の名前も福屋だよ
それに見てくださいこの蝙蝠こんな真っ白で神々しい
ほら納まった提灯もど真ん中
右から数えても左から数えても八番目って末広がりでまぁ
縁起の良い話の塊じゃぁないですか

客の雰囲気を察し口八丁にするすると飛び出した言葉は
それでも男の本心で
これは幸先良いと真ん中の提灯は蝙蝠に譲り火を灯さない事にした

男の人柄か蝙蝠の御利益か
日暮れの茶屋は旅人の話題となり
「大人のみたらし膳」食べたさに一晩泊まりの需要も増え
小さな集落は小さな宿場町となった

そこそこ美味いみたらし団子でそこそこ繁盛した福屋の店主は
父が没した同じ齢でそこそこ幸福だった人生を終えるまで
提灯に住み着いた真っ白い蝙蝠を大切に大切に愛でたという

跡取りのいない福屋は終に空家となってしまったが
軒下真ん中の提灯は蝙蝠の寝床に変わりなく
夕まづめ目覚めた蝙蝠が山へ向かって飛び立つと
静かにふっと灯りが点り
朝方寝床に戻る頃に灯りが消えるを繰り返す

男の魂は今も変わらず蝙蝠を愛でているようだ








そこそこに幸せな人生で終わりたい
がむばろうね皆

あ、提灯彫ります





六面図
おわかりいただけただろうか
銘の象嵌パーツに蝙蝠が飛んでいる事を





今回根付単体で全然自立するやつなんだけど
真鍮削り出しで提灯のツルを作りまして
だってほら提灯なんだからぶら提げたいじゃない?
ツルを立てるとこんな感じですが
基部にはやや渋めの引掛りを持たせパタパタ動かない様にして
微妙にセンターずれているのでこれ以上前方には倒れません
無理に倒すと壊れます
根付で使うときは後方に倒しておきましょう





根付「白うかり」の時には
水平二連同径紐穴は好きでないとか言ってましたけど
だんだん好きになって行く自分に気付く今日この頃
紐穴の位置低めだけど紐の二点二か所で接地するので安定するっぽい
2.5mmのアジアンコードがジャストフィットする穴径です





ぴゃーっ
幸せの白い蝙蝠♪
蝙蝠様を無限にうりゃうりゃしたくなる根付だよ♪
蝙蝠パーツは開口部より外に出て来ない安心設計





根付袋は提灯とヤカンが化けたやつ





サイズはこんなで





福屋の店主の魂宿したか
根付「福屋の提灯」完成です

そこそこ幸せって

ほんと

そこそこ大事

そこそこ





とか言いつつ次の根付は邪神のやつなのな





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