素材:鹿角、珊瑚、黒水牛角
昨年末とうとう新型コロナヴァイラスに捕まり
高熱発す年末年始に新年の御挨拶どころじゃねぇぞと
寝正月の上位互換である寝込み正月を過ごしまして
今だ発作的に咳込む症状のみしつこく続いているのですが
本来ならば先月、否昨年中に完成させなければいけなかった根付が
やっと完成しまして公開出来ます
新年とか祝とか全く関係のない
今の自分のメンタルそのままなドス黒いやつですごめんなさい…
至水妄想奇譚
『首かじり』
あまりの空腹に目覚めると其処は真っ暗な土の中
微かに漂う甘美な香りに気付きごくりと喉が鳴った
「嗚呼… ひもじや…」
重く固くのしかかる土を無我夢中で掻き分け掻き分け
漸く開けた視界に広がる漆黒の夜空には雲一つ無く
掘り起こされた墓穴の上で骨と皮に成り果てた老婆が一人
殊更大きな満月に照らされ揺れている
老婆は足元から立ち上る甘美な香を辿り目で追うと
事切れて間もない若い男の亡骸が転がっていた
今際の際まで幾日も苦しんだ飢餓空腹の記憶に突き動かされ
思わず亡骸の右腕を引き千切りかぶりつく
「うぅ… 美味い…」
あまりの美味さに我を忘れ
肉を喰らい血をすすり骨をしゃぶる
「美味い…旨いっ…美味い…甘い…美味いっ…」
左腕を喰らい腹を裂き臓物を喰らい腿肉を剥ぎ喰らう
「美味いっ…甘いっ…美味い…旨いっ…なんと甘美な…」
血肉を喰らうに連れ老婆の肌は徐々に肉付き張りを取り戻すも裏腹に
肉を食めば食むほど鉄漿に染まった歯牙がはらはらと抜け落ちる
「嗚呼… 悔しや…」
黙々と若い男の亡骸を喰らい胃の腑に収め
頭を残しほぼ骨となった頃合い
「何故じゃ…」
上顎に残る糸切り歯一つで生首に食らいついた老婆の怨嗟が溢れ出す
「何故こんな仕打ちをっ…」
「 正吉ぃぃぃっ」
…………………………………………………………………
小間物の仲買と言えば江戸では名の知れた「末広屋」を営む老夫婦
共に齢六十を前にして終ぞ子宝に恵まれず
丁稚として引き取った正吉という名の少年を
我が子のように目をかけ可愛いがり
身寄りの無い正吉もまた
老夫婦を実父実母のように慕い良く働いていた
正吉が齢十八を迎えた冬の朝
望まぬ不幸が訪れる
末広屋の主が突然の癪の発作に襲われ息を引き取るや
後を追うように女将も卒中に倒れ
一命を取り留めるも身体を動かす事ままならず
寝たきりの床の間に使用人を全て呼び集めると
正吉に末広屋を継がすと譫言のように皆へ伝えた
翌朝早く女将のためにと主の亡骸を床の間から見える庭に埋葬し
庭石を一先ずの墓標と備え手を合わせる正吉
否が応にも末広屋を背負う事となったその心中いかばかりか…
程なく末広屋の主の訃報と跡継ぎの話は江戸中に広まり
先代の人望ありきの商いと
一人また一人馴染みの客は離れ行き
先代には到底及ばぬ商才に見切りをつけたか
使用人達は一人残らず消え失せた
商いが成り立たぬ末広屋は一年も経たぬうちに店をたたみ
身も心も荒み自暴自棄の正吉は酒に溺れ喧嘩沙汰を繰り返す
幾日ぶりか家へ戻ると
床の間に眠る女将は骨と皮に変わり果て既に事切れていた
人生はままならぬ
全てに絶望した正吉は主の墓標の傍に女将の亡骸を埋葬すると
ふらふらと外の通りを彷徨い背丈程の細身の板を二枚見つけ
拾い上げようと屈んだ刹那 背中にどすんと鈍い痛みが走る
背をまさぐると肩から一尺下辺り
深く突き立てられた匕首の柄が指先に触れ
振り返ると一刻前に泥酔し賭場で喧嘩沙汰となった三下が
正吉を罵り走り去るのが見えた
二枚の板を大事に抱え
とめどなく傷口から溢れ出す血を引きずりながら
漸く家へと辿り着いた頃にはすっかり日が暮れていた
庭の墓標横にうろ覚えで立てた二枚の板は主と女将への卒塔婆か
血と涙でぐしゃぐしゃの両手を合わせ
女将さんすまねぇ堪忍してくれと繰り返し繰り返し
背から引き抜いた血塗れの匕首で無銘の墓標に法華経を刻む
南…無… 妙… 法… 蓮………
想い半ば力尽き酷く刃毀れた匕首が手から滑り落ちると
正吉のままならぬ人生の幕は閉じ
殊更大きな満月に照らされた墓標の傍ら
女将を埋葬して間もない土中から土を掻き分ける音がした
…………………………………………………………………
上顎に残る糸切り歯一つでは肉を嚙み千切る事なぞ出来ず
ただ正吉の生首を咥えたままの老婆は
足元の墓標に今し方刻まれたばかりの半端な法華経をしばし見つめ
「腹いっぱい食うたわ正吉ぃ…」
穏やかな面持ちでそう呟くと
成仏が叶ったか魂と成った正吉の手を取りすぅっと姿を消した
人生はままならぬ
ままならぬのだ
終
※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です
………陰陰滅滅とごめんなさいねぇ(涙)
人生ってままならないものなのよ
でも魂は救われたと思う
思いたい
ではそんな根付を(どんなよ)御覧あれ
六面図
正吉の生首かじかじ
血肉喰らう度に肉付きもりもり
一応言っておきます女性です
女将です
虚ろな目をイメージしています
でもここで女将はハッと気付いたのよ
正吉が持ち帰った二枚の板は卒塔婆に
やはり自立しない根付には台座
根付スタンドを付けないとという事で
いつもは簡易的なヤツを彫るのだけれど
今回はストーリー上の諸々を盛り込んだ
ヴィネット風にしたくて
やりすぎです…
女将と正吉が成仏した後に残ったのは
上顎に糸切り歯一つ残った女将のサレコウベ
蓮まで彫って力尽き息絶えた正吉
彫り切れなかった法華経
叢
物悲しい
根付の紐穴大の方をフックに掛け連結します
根付本体の背面はこんな
ひゅーどろろな紐穴です
紐穴奥に至水の銘
紐を通すとこんな感じです
サイズは大っきい
ずっと小さい根付続けて彫ってた反動で
デカいのやりたいってのはあった
ままならない人生の終わりに許しは訪れた
根付「首かじりて…」完成です
元旦の震災から始まりなかなか重い始まりの2024年です
人生ままならない事ばかりですが
生きよう
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