2023/05/21

根付 其ノ佰捌拾

『 脛刮 』
素材:鹿角、ピンクアイボリー、黒水牛角



至水は基本的に鹿角ばかり彫っておりますが
珍しく木を弄ろうと思い

そう
ピンクアイボリーを仕入れまして…





至水妄想奇譚

三日限妖道中飛脚之地獄
第一譚 
廣榮堂のきびだんご

時は安政三年
岡山藩は不景気故に沸き起こる大きな一揆に日々振り回され
藩主不在の市中にはなんとも不穏な空気が漂っていた

そんなある日
伊部で小さな飛脚屋を営む「砂河原屋」に
藩の役人が一人
人目を忍び訪ねて来る

見るからに焦燥を隠しきれないその役人が言うには
三日後の昼八ツまでに
江戸屋敷におられる茂政公へ届けなければならぬ密書がある
公に出来ぬ仕事故他言無用
大名飛脚も次馬も使えぬ
岡山藩の存亡がかかった藩直々の公務であり
一世一代のお役目なのだ

江戸まで三日限など到底無理な仕事だが
目の前に置かれた袱紗の包み
大きさから中身は見当がついてしまう
百両はくだらない

砂河原屋の主人は後先考えずこの大役を謹んでお請けした

役人から預かった密書在中とされる桐箱は
今年になって瀬戸物の廣瀬屋が菓子屋に商替えし
売り出し始めたばかりのきびだんごの土産箱にそっくりで
うやうやしく挟箱に収めていると
ふと股助という名の飛脚の顔が頭に浮かんだ

股助は砂河原屋の中で一番若く
大食漢でガタイは良いが少しばかり頭が足らぬ

故に仕事は馬鹿正直にやり通す…

間違いない
奴なら適任だと早速股助を呼びつけた

主人
「岡山から江戸まで百八十里の通飛脚」
「藩直々の大仕事だ股助、死ぬ気でひとっ走り行ってきな」

股助
「ひゃく、はち、じゅう…?」

主人
「無事やり遂げられたなら」

股助
「ぶ、ぶじやりとげられたなら?」

主人
「岡山藩お抱えの大名飛脚になれるのだ」

股助
「お、おらが大名飛脚に?」

主人
「そぉすればお前、廣榮堂のきびだんごも喰い放題だ好物だろう?」

股助
「そ、そりゃぁ、おらにしかできっこねぇ!」
「ぜってぇ三日限で江戸に着いてやりますぜ親方ぁ」
「いいってきまああす!!!」

主人の思った通り
端から無理な大仕事をあっけなく請け負った股助は
鼻息荒く挟箱をひっつかみ勢い良く駆け出して行った

江戸に向かい飲まず食わずでずうっと走りっぱなし
すっかり人気も無くなった暮れ六ツの街道は薄暗く
嫌な雨も降り出す始末

そしてこの辺りには日が暮れると野盗が沸いて出る
そう飛脚仲間から聞いていた

しかもその野盗どもの手にかかれば
身包み剝ぐどころか皮まで剥ぎ取られ
骨だけになった骸が街道に捨て置かれるのだとか…
そんな噂話を思い出し思わず身震いした股助は
勢い走り抜けるしかないと足を早めた

夜が更けるに連れ次第に雨脚が強くなると
不意に雲の隙間から月が顔を出し
十間程先の街道の真ん中で弾ける雨水が
月明りを浴び何やら蹲る丸い形に見えた

漬物石くらいのまぁるい…猫か…犬か

見る見るうちに間が詰まり思わず一跨ぎ飛び越した股の間から
蹲るのは小さな獣であると目視出来たものの
野盗は怖いわ急いで江戸に着かねばならぬわで
一刻たりとも止まる訳にはいかない

しかしあれが激しい雨に晒され蹲る小さな犬猫だとすれば
流石に見て見ぬふりも忍びなく
通り過ぎた十間程先でぴたり足を止め
街道脇の木陰に運んでやろうかと振り返るも
獣が居た筈の場所には何も見えず足元に生ぬるい何かが触れた

それはまぁるく蹲ったあの獣
「なんでぇこんなとこに…」
何が起きたかわからぬまま兎に角拾い上げようと手を伸ばした刹那
ざりっ
という音と共に
右脛に焼けた火箸をあてられたような熱い痛みが走る
「痛っでぇぇっ!」
街道に転げ雨でぐしゃぐしゃの地べたに突っ伏した股助は
蹲る小さな獣と目が合った

獣は鋭く目立てた鑢のようにささくれ立った大きく長い舌を伸ばすと
今度は股助の左脛を更に一舐め
刮いだ脛肉を美味そうに食んでいる
「ぎぃいゃあぁあぁぁぁぁぁっ」
痛みで立ち上がれず逃げる事も出来ぬ股助の周りをそろりそろりと歩き
一番美味いところを見定めた獣は股助の腹を舐め刮ぎ始めた

ざりざりと音を立てる度に腹肉は失せ
次は胸肉
次は腕肉と
美味い順にもりもりと獣の胃の腑に収まって行く

一刻も経たぬうち肉を刮がれ骨も露わな上半身は雨に洗われ白く光り
辛うじて頭と両足だけが残った股助を横目に
満腹した獣は街道脇の茂みへと姿を消した

獣の満腹とは裏腹に
飲まず食わずで走り続けたせいか
はたまた五臓六腑を失ったからの空腹か
薄れゆく意識のなか股助の走馬灯には廣榮堂のきびだんごばかりが映り
甘く香ばしい幻が鼻を撫でる

ほどなく月は雨雲に消え
暗闇のなか更に激しく降り出した雨に呑み込まれるように
股助の今際の声が微かに聞こえた

「あぁ… 腹減った… なぁ…」






※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という訳で
妄想忌憚の締めも珍しく「続」で終わり
第二憚で完結するお話です

では早速
人の肉舐め刮ぎ喰らふデンジャラスビースト
「すねこすり」ならぬ「すねこそぎ」
彫りますね





六面図





赤い木製の巨大な鑢舌がべろり
これがピンクアイボリーです良いですねー
何か画像にオーブ的な白いぼんやりが映り込んでおりますが
すねこそぎの妖気などではなく
カメラのレンズに付着した鹿角の削粉でありましょう
多分





普段はこんな感じで蹲り通りかかる人間を狙う
待ち伏せ型のヒューマンミートハンターなのです





原典では犬のような
水木しげる大先生のは猫モチーフな「すねこすり」
至水の「すねこそぎ」は猫なのか犬なのか何なのか
判別し難い獣にしたかった





鹿角のテクスチャは斑の如し
色濃く染まる鬆の部分も柄に見立てられます





すねこそぎ最大のチャームポイント
それはフグリ
キャンタマもジャスティスだ





根付紐は鑢舌の裏を通ります





サイズ的にはこんな感じ





街道の惨劇は野盗の仕業などでなく脛刮の食事跡なのだ…
根付「脛刮」完成です

煮染の赤は色落ちするけど
元々赤い木であるピンクアイボリー
擦りまくっても全然平気だし
ピンクアイボリーの赤味が大変御気に入ったので
ちょっと暫く赤い根付が続きますのでごめんなさいね

で次登場するのは
赤と言えばな

そう

あの

赤い妖です…





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