2022/11/09

根付 其ノ佰漆拾弐

『 薬鬼白澤 』
素材:鹿角、黒水牛角



昔、何年前でしたか
根付彫り始めた最初期にタグアナッツで白澤彫ったよなぁ
でも彫り途中で象牙椰子特有の中空ゾーンに達してしまい
完成せずに終わっていたよなぁ
とか思い返しながら
白澤なのかなんなのかという白澤を彫ってみようと…





至水妄想奇譚

「月ノ雫」

齢七つになる娘を背負い
夜明け間際から歩き詰め既に陽は落ち暮れ六つを過ぎ
白月山の九合目辺りの山道脇で人間大の苔むした白い岩を見つけた
大婆様から聞いていた印、人岩だ
山の真上に月が上るまでに間に合うだろうか
男は焼けるような高熱にうなされる背の娘に大丈夫だ大丈夫だと声をかけ
山道から外れ人岩の傍から藪をかき分け森の奥へと進んだ…

…………………

一昨日の朝
目を覚ますと布団の中で女房が息絶えていた
昨日まで元気にしていた女房が急に…
全身を赤黒く腫らした亡骸はまだ熱い
村の長老である薬師の大婆様に診てもらうが何の病か皆目見当つかず
しかし流行病に違いないと
とにかく熱病に効く薬をあるだけ受け取り
女房の遺体は直ぐに埋葬し
一人娘と共に数日は家に籠る事しか今は出来ないと言う

翌朝
娘が発熱した
やはり流行病なのか
顔から首、体へと徐々に赤黒く腫れが拡がり高熱にうなされている
匙を投げられたも同然と
分かってはいるが居ても立っても居られず
男は家を飛び出し大婆様の元へと走った

気休めか、抗う事叶わぬ事象への諦めを促すためなのか
大婆様は男に白月山に纏わる昔話を語り始めた…

村から数里離れた白月山の山頂には人間大の白い岩があるらしい
年に一度、山の真上に満月が上った夜
月から一筋の白い線が山頂へと降りて来る
これを月の使者の降臨と信じた者達が白い岩を安置し鳥居を建て
夜天の神として祀ったのだが
鳥居を建て一年経った頃
山の九合目辺りで鬼を見たという噂が流れ
山畑がある三合目より先への入山は禁じられた

それから数十年後か
十数人の旅の修験者達が村に現れた
その内の一人が白月山と近隣の村人の様子を聞き調べるために
大婆様から五代前の薬師の元へとやって来たのだが
話をするうちに修験者達の目的を知る事になる

その修験者は白月山の山頂へ降りて来る白い線は月の雫であると言う
月は上り沈みを繰り返しながら地より神水を汲み上げる器であり
器が満ちて溢れた一滴が白月山の山頂目掛け零れ落ちる月の雫なのだ
修験者達はこの神水を「始至水」と呼び
霊障に起因するもの含め如何なる病も無に帰す神薬と成るらしい
不老長寿どころか不死を叶える事すら夢物語ではなくなるのだと

修験者達は白月山には鬼が出るという薬師の忠告を気にもせず山へ向かい
山中で神水を溜める巨大な瓶を作ると聞いていた通り
九合目辺りから野焼きの煙が立つのを確かに見たが
その後修験者達を見た者は誰もいない

いや… 唯一人
鬼の噂を笑い頂上を目指した余所者がいたが
道中で白い岩の後ろに立つ大きな鬼を見たと
喚き気狂い逃げ帰って来たが
その白い岩ははおそらく鬼の仕業
呪いで岩にされた修験者達の成れの果て
「人岩」なのだ…

ところで明日は満月じゃ

大婆様の言葉にはっとした男は急ぎ家に戻り娘を背負い
まだ夜も明けぬ暗がりを白月山へと走りだしたのだった…

…………………

鉈で藪を払いながら森の奥へと分け入ると
山中には場違いな人間大の白い岩が所々にあり
幾つも見ているうちに人間大の岩というよりも人型の岩
人岩なのだと腑に落ちる
いつの間にか人岩を辿る様に木々の間を進んでいた

十数個めの人岩の先で急に森が開け
見上げると真上で静かに輝く月から一筋の光が落ちて来るのが見えた

月の雫なのだろうか

急に力が抜け膝をついた男は
七竈の根本を枕替わりに娘を寝かせてやると
沢があるのか近くで水が流れる音が聞こえ不意に喉の渇きを覚えた
飲まず食わずで歩き詰め竹筒の水は娘に飲ませ空になっていた
水を汲もうと音のする方へ歩き出し
森の中へ分け入ると背後で水滴が落ちる音がした

振り向くと五間程離れた先で
寝ている娘を覗き込むように伏せ見下ろす白く巨大な鬼がいる

背筋が凍った

無我夢中で手にした鉈を鬼の畳二枚はあろう顔目掛け投げつける
頬に当たった鉈は大きな音を響かせ弾け飛び
娘が眠る七竈の幹に刃を喰い込ませた

鬼の白い肌はまるで岩のように頑強で
鉈が当たって付いた僅かな刃傷から細かく砕けた粉塵が
はらはらと娘の上に舞い落ちる
鬼は男を一瞥すると森の方へと後退り暗闇に溶ける様に消えて行った

男は急いで娘に駆け寄ると思わず声を詰まらせ涙が溢れた
鬼の肌が砕け舞い落ちた粉塵を被った顔からは徐々に腫れが引き赤みが失せ
すやすやと寝息を立て眠っているではないか

どういう事かと混乱しながらも鬼が消えた森の奥に目をやると
木々の隙間から僅かに差し込む月明りに照らされ
ぼんやりと光る大きな丸い何かが見えた

傍まで行くとそれは大きな素焼きの瓶で
大昔に修験者達が月の雫を集めようと焼いた瓶なのだろうか
瓶によじ登り中を覗くと落ち葉が沈む透き通った水で満たされていた

いやいや… 雨水だろうさ

と呟きつつも
それでも半信半疑竹筒に汲み
村へ戻った男は急ぎ大婆様の元へ向かう

男から竹筒を渡され事の顛末を聞いた大婆様は
薬師の家に代々伝わる膨大な調薬書の中
異国から伝わったとされる一冊に描かれていた
病魔を退けるという瑞獣「白澤」の事を思い出していた

後に村には無病息災を祈願した白澤を祀る小さな社が建てられ
年に一度の白月山の真上に満月が上る夜
男が竹筒で持ち帰った水を月の雫に見立て注ぐための
素焼きの瓶が安置された

白月山は現在も神山として入山を禁じられているが
山中には鉈が当たって出来た刃傷が残る大きな素焼きの瓶が
苔むしながら月の雫が零れるのを見上げている筈だ






さて白月山に現れた鬼は白澤なのか
月の使者なのか
瓶の変化妖なのか
幾らでも考察出来る白澤奇譚になりましたね
なった筈

そんな白澤を根付化します





六面図





ごっつい…
岩の様に頑強な肌のイメージは
鹿角のテクスチャを出来るだけ残す事で醸す作戦





白澤の尾は"わっさわっさ"させたいもの





白澤と言えば九つの目ですが
原典では胴体両側にそれぞれ三つずつ配される目を
わさわさの鬣の中を常に移動しているという設定に
蠢く眼球





驕り高ぶる人間に鉄槌下す者
恐ぇ…
でも悪いヤツって訳でも無いのですよ
人間の領分を越えた傲慢さが引き寄せてしまう
人知を超えた絶対的な力の顕現
惹かれるわ





暗い山中で至近距離で出くわしたら失禁間違いなしな巨顔
(畳二枚大)





巨大な鬼が地べたに寝そべる小さな人間の娘を
伏せて覗き込んでいる感じ





腹に抱え込んだ瓶と前脚の樋爪のとこがブリッジになっている紐通し
神薬を精製する瓶にラベルを貼って銘とします
もう一つ白澤と言えばな両体側から二本ずつ突き出した角
これは腹側から生えている設定なのだけれど
瓶を設置したせいで造形的には今回はオミット





根付袋はどこまでシンプルに出来るかを突き詰め
まだまだ模索中の黒べっちん





サイズはこんなで塊り感すごい





其れは鬼かそれとも神か…全ては人間次第也
根付「薬鬼白澤」完成です

修験者達が手にしようとした「始至水」とは
悪い事象が身に降りかかる前の状態
始まりの状態に引き戻す神薬…
しかしその所業は人間の領分では無かったの
そりゃぁ鉄槌下ります
というお話でもあり

妄想奇譚も色々と考察の余地を鏤めて書いてみたつもりで
コレはあれの事?とか楽しんで頂けると嬉しいです

しかしまぁ根付彫刻の技術的な話は一切無いんだね
至水はそーいう根付彫刻家なんでもーこれは
ねー
ごめんなさいね


そして最後に
月の雫云々は花影抄スタッフの方との作品批評DMのやり取りの中で出た
「縄文のヴィーナス」の話にインスパイアされ盛り込んだ設定でした
スペシャルサンクス堀川さん!
という事で
ありがとうございました!



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