2025/01/25

根付 其ノ弐佰弐

『 巳猫 』
素材:鹿角、黒水牛角、珊瑚



2025年
とっくにあけてますけども
珍しく今年は年初めから干支ものに着手しまして
無事完成させましたおめでたい

干支もので新年の御挨拶投稿が出来るという奇跡を噛み締めつつ
今年もよろしくおねがいいたします





至水妄想奇譚

「スネーキーミャンキー蛇拳」

毎年の大晦日におせちを作ってくれていた母は不在となり
まるで正月感の無い新年を迎える事となった根付彫刻家至水
それでも正月に餅を食べたくなるのは抗いようのない日本人の本能なので
早朝から鍋いっぱいに醤油ベースの雑煮を作りつつ
オーブントースターで餅を焼きながら
紅白の蒲鉾と小鉢に盛ったフジッコの黒豆や
小皿に盛り付けた貰い物の数の子に鰹節を振り居間のテーブルに並べると
2025年の元旦にも辛うじて正月の雰囲気が漂い出した

キッチンで鍋の火加減を見ながら三つ葉を刻んでいると
何やらボッボボッと聞き覚えのある風切り音が聞こえ
音を辿り居間を覗いてみると
TV画面にはジャッキー・チェンの力強い演舞シーン

「スネーキーモンキー蛇拳」かぁ
そういえば小学生の頃 母に連れられて観に行ったんだ
モンキーパンチが描いたポスターがメチャクチャ格好良くて
公開館は巴座か…映劇?いやスカラ座だったっけ?
どの映画館も随分前に閉館してしまったけど…

蛇形手が空を切る度に発せられる過剰なまでの風切り音が
数十年前の記憶を懐かしく思い出させる

ん?
さっきまで「孤独のグルメお正月SP」をながら見していたのだが…

どうやら
TVに接続したHDDに撮り溜めていた午後ローのアーカイブの中から
正月感なぞ微塵も感じられぬジャッキー・チェン主演のカンフー映画
「スネーキーモンキー蛇拳」を選び再生したのは
昨年末から家で同居している猫又のようだ
ほら今もTVの前で夢中になって観ているでしょう?
蛇形派の宿敵である鷹爪派の大ボス上官逸雲との最終対決で
劣勢のジャッキーが我流の猫爪拳に勝機を見いだすクライマックスが
猫的には最高に胸アツらしく生涯ベストの映画だと何度聞かされた事か…

因みにこの猫又
元は家の近所を縄張りとする地域猫で
昨年の秋頃から見かけなくなり
これも野良の運命かと思っていた矢先
一匹の猫又が12月初旬の寒さに耐えかね
突然家に転がり込んで来たのだが
右耳には地域猫の印である見覚えのあるV字カット
そうかあの猫…猫又に…と腑に落ちた
猫生を終えた経緯はどうであれ
現世への執着か何の意味もない気まぐれか
無邪気に虹の橋を駆け戻ってきてしまう転生型の猫又に
なんとも言えぬ情が湧いてしまい
これも何かの縁であろうと
家猫又として同居を許した猫又なのだ

我が家に居座るようになってから何度も何度も繰り返し観返す程に
うちの猫又にとって「スネーキーモンキー蛇拳」は
特別なお気に入り映画である事は解るものの

「しっかし元旦の朝っぱらから観る映画かね」

と思わず声をかけてしまった

しまった…

するとこちらを振り向きニヤリと口角を上げた猫又の右手には
干支もの根付の資料として仕入れたヘビのパペットが装着されており
私に向けパペットの口をパクパクさせながら
うろ覚えな猫形蛇拳の型を得意気に披露し始める

嗚呼…また始まってしまったかと冷ややかな眼で見ていると
旋風脚よろしく回転した長い尻尾がテーブルの上の小鉢にクリーンヒット
フジッコの黒豆が見事に飛び散った

鬼は外 福は内ーって…
節分は来月ですけどもう豆蒔きですか?
正月早々黒い御豆が散乱する床の掃除とは…
沸々と怒りがこみ上げるも
私のアンガーマネジメントは完璧だった

猫又よ
ヘビのパペットを装着したその絵面
ジャッキーというよりもサンティーノ・マレラじゃないか
「コーブラー」
と脳内に展開される2019年8.30 DDT新木場大会
アントーニオ本多のごんぎつねもコブラに完封されたっけなぁ…
などと回想している間に6秒ルールが遂行され見事心が凪いだ刹那
突如悲鳴をあげ飛び上がる猫又

よく見ると
成る程トグロを巻いた尻尾の先の方
まるで蛇の眼のように見える位置に引っ付いた二粒の黒豆が
奇跡のシミュラクラ効果をもたらしているではないか素晴らしい
不意に足元の視界に飛び込んできた自分の尻尾を蛇に見間違えた恐怖に
猫又の絶叫が止まらない

今年の干支もの根付の意匠はお前に決定しましたので

プププとほくそ笑みながら
自分の尻尾から逃げるように跳ね続ける猫又を後目に
ぷっくりと焼き上がった餅を入れた雑煮をテーブルに運ぶ

なんとなく

良い年の始まりだなと思える元旦であった








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事で
蛇だし猫だしで結局今年の元旦っぽい出だしで良いですね

ではうちの猫又を御覧いただきましょう
こんな奴なのです





六面図





ミ゛ャーッ
いいところに黒豆引っ付いてますね
へびっぽい へびっぽいぞ





へびっ!?
蛇の舌は猫又の幻視です
自分の尻尾を蛇と思い込んでしまった彼にはこう見えちゃってるという





こちらが
「干支もの根付の資料として仕入れたヘビのパペット」
の現物
現物はウロコカラーなのですが
根付化の際にレッドアイと白肌の紅白で
無駄に縁起の良いアルビノな改変をしています
正月なので





銘は浮き彫るとリッチだなぁ





ふぐりは良いねぇ良いものだ
今回つんこも象嵌してみました
おわかりいただけただろうか





珍しく紐穴彫らーず
紐通しはこちらです





全長81㎜久々に大きいの彫った
故に紐穴はあの位置(低めの位置)なのだ





干支ものであけましておめでとうございます
根付「巳猫」完成です

なんとなく2025年の出だしは良いような…

そんな今年の目標は「現状維持」です

消極的な目標っぽいですが
昨年はとにかく色々大変でしたので
これ以上悪くなってくれるな
悪くらなければ御の字と
願いも込めての

✨現状維持✨

かさねがさね
今年もよろしくお願いいたします



2024/12/31

根付 其ノ佰玖拾玖

『 三目抜首 』
素材:鹿角、黒水牛角



今年もあと数時間を残すのみというこのタイミングで唐突に
大晦日とか全く微塵も関係のない
今年九月に制作した作品のブログ投稿ですが

お気になさらずに





至水妄想奇譚

「化物婚礼絵巻」

人類の誕生より現代に至るまでの歴史と表裏一体
確かに存在するもう一つの世界で人類同様の社会を形成し
種の繁栄を謳歌するモノ達がいる

互いに能動的干渉をする事のなかった二つの種が
やがて邂逅してしまうのは必然であったが
人類は抗いようのない畏怖の念を以てそのモノ達を「バケモノ」と呼び
一方的な忌避感から排斥の対象と見なし数百年が過ぎた現在
表裏一体に様々な問題を抱え生きる二つの種は
其々の社会の存続を懸け否が応でも在り方の変容を求められ
10年に及んだ共存権運動は二種共存共生法の制定という形で実を結んだ

更に内閣府は共生促進を図り施行日である2024年9月吉日に合わせ
人間の新郎と化物の新婦による二種間初の婚礼の儀を
法に基づき執り行うというプロパガンダ的イベントを急遽企画立案
婚礼の儀の一切を
老舗の祝ヒ事請負ヒ処「ミツメ屋」が取り仕切る事となった

1600年に裏江戸で創業した祝ヒ事請負ヒ処「ミツメ屋」には
腕っ扱きの賑やかしモノ達が多数在席し
宴席には欠かせぬ裏方として大層繁盛していた
なかでも一間を超す長く長〜い首を巧みに操る
「ろくろ舞」の創始者である三目抜首は
長寿祈願の意を込め出産祝いや賀寿祝いに引っ張りだこ
裏江戸では知らぬモノ無しの売れっ子賑やかしモノであった

その三目抜首に任された婚礼の儀最大の見せ場は
新郎新婦の末永い幸せを祈願しセッティングされたサプライズ
高さ2m 5段重ねのウェディングケーキの中スタンバイする三目抜首が
ケーキ入刀のタイミングで勢い良く首を伸ばし
突き抜いた最上段のケーキを頭上に乗せたまま
首から上のみで表現するろくろ舞

繊細なバランス感覚を求められる大役でありながら
急遽企画された式の準備期間はたったの一週間
リハーサルの時間も取れず
当日ぶっつけ本番という慌ただしさで婚礼の儀当日を迎えた

残暑という言葉を忘却させる程に連日の猛暑が当たり前となった9月吉日
旧細川候爵邸 和敬塾本館の庭園にセッティングされた会場に
両家の親族及び関係者含め300人強が列席するなか
5段重ねの巨大なウェディングケーキが一際目を引く

あぁ…
あっづい…
なんでこんな…
カンカン照りの御天道様の下でよぉ…
ガーデンウェディングやろうなんて考えたの…
どこの馬鹿野郎だこんちきしょうめ…

真っ暗で狭っ苦しい蒸風呂の如きウェディングケーキの中で
開場の一時間前からスタンバイしている汗だくの三目抜首は
尋常でない暑さに着物を脱ぎ捨て締め込み一丁
ケーキ入刀のタイミングを今か今かと待ちながら
口を衝いて出るぼやきが止まらない止まらない

すると朦朧とした意識の向こうから
ついに例のベッタベタな台詞が聞こえた

「新郎新婦による初めての共同作業でございます」

今だっ

ケーキ入刀の発声と共に勢い良く伸ばした首が
ウェディングケーキ最上段を突き抜き…
の筈が
何の手違いか悪魔の悪戯か
最上段が分離する細工を施されなかった5段重ねのウェディングケーキが
丸ごと土台から外れ宙を舞い会場に生クリームの雨を降らせるなか
締め込み一丁半裸のバケモノがろくろ舞を踊り続けるという…
正に阿鼻叫喚の地獄絵図となった婚礼の儀のライブ映像と共に
二種共存共生法施行開始のニュースは日本全国に伝えられ
会場の惨状とは裏腹に
国民全てが表裏一体な二つの世界が一つとなった未来に想いを馳せた

翌朝ミツメ屋の事務所では
実に満足気な様子の三目抜首が始末書を書いていた

意外にも前日のろくろ舞に確かな手応えを感じた彼の頭の中は
続けてオファーが来る筈の出産祝で披露する
ろくろ舞「初産の型」の事でいっぱいなのだ








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
売れっ子賑やかしモノとしてのプライドをもって
地獄絵図のなかベストを尽くした訳で

出産祝いのオファーが来るかは微妙ですが…





六面図





長ーい首を畳んでスタンバる三目抜首
そう先ずは何故此奴を彫ろうと思ったかの御話から
日課であります「ウェブの大海原で妖怪巡り」をしていると
いつもお世話になっております
三つ目で首が長い化物として掲載されている此奴が目にとまり
あー頬骨の下に目を配置すると強制的に困り顔になるんだ素敵と御気に入り
化物婚礼絵巻で描かれたものとあったので
家にある洋泉社MOOK「百鬼夜行と魑魅魍魎」で確認してみる事に
あー居ました
このMOOKに載っている鯖江本「化物婚礼絵巻」のなかの
「産ノ祝酒宴馳走図」で踊り狂う此奴
で此奴は一体…何?誰?となり
酒宴で馳走の図なのだから近所の方とか御親戚と見るのが
まぁ自然かなと思うものの
三味線を弾く猫面の化物とか
腹鼓を叩く狸モノなんかも描かれていて
これって楽器奏者とか踊り手とかを派遣する
宴席盛り上げ派遣業だったりしたら美味しいね
なんて思ってしまい
祝ヒ事請負ヒ「ミツメ屋」に所属する
売れっ子賑やかしモノ三目抜首
という設定をこじつけてしまうという
いつもの妄想なのでした





そして蒸風呂の如きウェディングケーキの中でスタンバる三目抜首が爆誕





締め込み一丁の尻はいいねキュッとね





紐通しはこんな感じ
胸の前にある首の間に結玉がスッポリ収まります





サイズはこんな感じで





請け負った仕事は必ずやり遂げる信頼の賑やかしモノ
根付「三目抜首」完成です

あー
もう2024年も終わりますね…




良いお年を♪



2024/12/27

緒締 其ノ弐拾玖

『 福良龍 』
素材 : 鹿角、真鍮



毎年思い悩む干支ものですが
辰年もあと数日を残すのみとなった今頃になってやっと完成するという
しかも数年前に制作を依頼されていたものなのにですよ
辰年中にお渡し出来ないという為体
もっと早くに制作始めよという話です
申し訳なさすぎです

そして干支ものにはその時の(年の)自分を投影させてしまうのですが
正に2024年辰年の干支ものという仕上がりになりました
こんな感じに…





至水妄想奇譚

『師走に願う根付者』

十二年毎に巡り来る「辰年」には
現存する八百万の龍族より選出された一匹が「辰」の名を冠し
天災疫災人災も含めあらゆる事象に湧き上がる人間の念を
全て呑み込み胃の腑に納める事で現世の均衡を図る
それは干支を担う龍の責務であり
辰を完遂した龍が神龍と成り天へ昇るための試練でもあった

令和六年 辰年師走
日ノ本の地中深く丸々と腹を膨らませた龍が一匹
この一年を振り返りながら微睡んでいる

元旦より始まった千辛万苦に止めどなく噴出し渦巻く人間の負の念を
絶え間なく取りこぼす事なく呑み込み続けるという霊的負荷は
身に纏う八十一の金鱗を一枚また一枚と剥脱させ終に喉元の逆鱗を残すのみ
輝きを失い疲弊しきった姿からは正に苦行の一年であった事が伺い知れた

時同じくして
千辛万苦の辰年を生きる根付彫刻家が一人
この一年我が身に降りかかった諸々をぼんやりと思い返しながら
丸々と腹を膨らませた龍の緒締を彫っていた

根付と言えば古くから彫られている「福良雀」という意匠は
寒さに羽毛をふっくらと膨らませた丸々と可愛らしい雀の姿
福々しく根付らしい意匠の一つである

丸い理由は違えども
腹を膨らませ丸々とした龍の姿に
福良雀の福々しさを重ねて見てしまう根付者は
何の根拠も無く只々信じたい

金鱗を剥脱させるほどに胃の腑を膨満させた負の念を糧に
年を越し神龍と成った辰の龍は
万事に福を齎す福良龍に違いないのだと

そしてもうこれ以上
最後に残されたたった一枚の逆鱗までも剥脱させるほどの災いが
決して起こらぬようにと願いつつ…

辰年の師走は足早に過ぎていく








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です






という事でですね
なにか切実な…
詰め込んでしまいましたがしかし

きっと福良な龍になってくれるヤツですので
御覧あれ





六面図





緒締なのでズドンと紐穴を貫通させねばならず
配置を考え捏ね繰り回すうちにこの姿形に





パンパンに膨らんだ腹にはこの一年の諸々が全て詰まっているのよ





所謂体の長ーい和な龍を根付的に丸める意匠は皆やっておられるので
数多ある龍族の一種という設定の元
洋な龍とも違うショートボディの和な龍にして
丸々と福良させてみました





地中深く丸々と腹を膨らませた龍が一匹…
日ノ本の霊的地脈の起点である富士山の直下にて撮影





一年を思い返す福良龍
御苦労様でした大変だったね





お客様が御用意された紐に合わせた紐通し
鹿角の緒締となるとどうしても紐通しの内側の鬆で紐が痛みがち
なので真鍮管を仕込んでみました





紐を通してみるとこの感じでこのサイズ感
緒締としてはやや大きめ





喉元に残る逆鱗がキラリと光る(触っちゃダメ絶対)
緒締「福良龍」完成です

本当に辰年は千辛万苦でした
来年は良い年であってほしいと切に願います

ほんとに