2022/12/02

根付 其ノ佰漆拾肆

『 黒塚 』
素材:鹿角、黒水牛角



至水妄想奇譚

「安達ケ原ノ鬼成」

人類の発現時より大気中に休眠状態で浮遊する「魔」と呼ばれる存在は
無味無臭の不可視体故に通常の人間には感知出来ず
仮に接触してしまったならば
どれだけ善良な人間であっても心を邪気に支配され
須らく悪行を成す事となる
この現象は「魔が刺す」と形容され
濃淡はあるにせよ一般には不問霊障と位置付けられているが
ごく稀に
魔に触れた人間が人格を保ちながらも
魔と同等の邪なる存在に至る事例が確認されている
これが魔の受肉顕現に次ぐ上位霊障「鬼成」である…

「はぁふうはぁ…」

寝室の襖を静かに開け
漬物石にしては大きすぎる五十貫は優にあろう大石を抱えた老婆が
よろよろと旅の男が眠る枕元に立ち一呼吸

「きっとってろぉ…」

顔めがけ勢いよく落とした大石の下に砕けた頭蓋から
美しい血飛沫が弧を描き床一面に拡がった

「ひゃひゃひゃ」
「ずねぇ地震からこっち山んながで人っご一人見ねぐなっだがらなぁ」
「久しぶりに肉入っちだんめぇざくざくこしゃって喰えっぞぉ」

懐から取り出した肉切包丁で手際よく男の肉を捌きながら
嬉々として流れ落ちる涎と独り言は止まらず
白々と夜は明けて行った

翌日の夕刻
トレッキングの装いで山道を歩く若い娘が一人
不意に声を掛けられた

「もう日も暮れっがらおらげさ泊っでげ」

よく見ると林の奥 暗がりにぽつんと一軒の小屋があり
人懐っこい笑顔の老婆が夕食の支度か土間を行ったり来たりしている

「昨日猪獲れでな」
「今猪肉入っちだざくざくこしゃってだがらごっつぉすっぞ」

老婆は二日続けて訪れた食材の事で頭がいっぱいだった
一番美味い人肉は赤子肉
次に美味いのが齢十五から十八の娘肉
十八の生娘ならばそりゃぁ大当たりだ
膨らむ期待に零れる笑みが抑えられない

娘は老婆の好意に甘え夕食を頂く事にした

囲炉裏に掛けられた大きな鉄鍋には二人では食べきれない程の
猪肉ならぬ人肉入りのざくざくがなみなみと煮えていた

碗の底には鳥兜の根汁を一塗り仕込んである
老婆は熱々のざくざくをよそい娘に渡し

「うんとあがらっしゃい」

と嬶座に腰を下ろしにこにこ様子を見ていると

箸を添え碗を口に持っていく娘の手が止まり
そのままゆっくりと炉縁に下ろすと老婆を見据えて口を開いた

「毛塚セツさん…ですね」

老婆の笑顔が消え
娘は表情一つ変えず執行説明を続ける

「2011年1月2日」
「結界管理職の服務規程である精神浸蝕監査義務に抵触し失踪」
「同年3月11日付で人事管理部が貴方に対する討伐届を受理しています」

老婆は明らかに狼狽していた

「お、ぉ、おめぇかすかだっておだってんでねぇっ」

「ばしばし汁ば喰わねがぁああっ」

混乱し大声で喚き散らす老婆が懐の肉切り包丁を握り立ち上がると

「お気付きでないようですが出ちゃってますよ」

娘は自らの額をとんとんと指でさし

「角が」

とアンクルホルスターに収められた独鈷杵に左手を添えた

拡張限界まで解放された瞳孔により真黒に変色した眼球を剥き出しに
額を割り太く反り返った骨角を突出させた老婆が咆哮する

鬼成の発現確認
完了
執行許可の自動通知が届きアラームが鳴った

だから黒塚の担当は若い男にしろと言ってるのに」

次の瞬間娘が消えた老婆の視界はぐらり傾き
主のいない横座の上にごろりと生首が転がり落ちる
娘が打ち込んだ独鈷杵の一撃により刎ねられた老婆の首は
愚図愚図と血肉が崩壊し骨角を生やしたサレコウベと成った

娘はバックパックから取り出した簡易結界が刻まれた白木の箱に
サレコウベを収め封印術式のインストールを済ませると
受託した討伐オペレーションの完了を報告するため
スマートフォンを手に通話アプリケーションを起動した

「禊谷です、鬼成討伐完了しました」
「… 」
「はい、これからアダチガハラ支社に引き渡します」
「… 」
「ええ、あとそちらの人事管理部にちゃんと伝えてください」
「… 」
「はい、で、今回の鬼成の原因って」
「安達ケ原の鬼成事例のオリジンと件の結界管理職員の…」
「毛塚さん?でしたっけ」
「その両者のパーソナリティ近似値がですよ」
「単に鬼成の発現閾値を超えていたからって、それだけですよね?」
「… 」
「診断が難しいのはわかります、ええ」
「… 」
「だから老齢の女性は黒塚の管理担当に充てるなと」
「それだけでリスク回避は可能なんですよ」
「… 」
「何度も御忠告させて頂きましたよね?」
「… 」
「はい…」
「… 」
「ですからぁ」
「もうこれ以上不用意にですねっ」
「鬼成の犠牲者と私の討伐実務を増やしてほしくないんです」
「え?」
「あ、ええ?」
「もしもーし、もし」
「えウソ、バッテリー切れっ…てもーこんの糞スマホがっ」

娘は総務部から貸与された社用スマートフォンを床に叩きつけ
イライラ限界でバックパックを背負うと安達太良山を後にした

鬼成対策チーム討伐顧問の肩書を持つ彼女の名は
「禊谷破流」
首刈ノ童子の魂を宿す五人目の転生者である



黒塚
日ノ本に存在する結界敷設義務が課せられた百八の霊象特異点の一つであり
神亀丙寅の年に安達ケ原で発現した鬼成のサレコウベが埋葬されている
そのサレコウベに残留する魔は鬼成が討伐され千数百年経った今も尚
黒塚を中心とした20m範囲内で高密度に浮遊し自然消滅は期待出来ないため
アダチガハラ支社の厳重な結界管理の元で封災維持が継続されている






※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
この黒塚は今年のグループ展の際に製作しました
根付「魔ガ刺ス」と同一世界線上の物語で
更に2011年1月のブログ初投稿作品
至水がタグアナッツを彫って製作した(製作は2010年10月)
退魔転生サーガの一篇として製作しています

あの過去作は伏線だったのか!?

とか、それはまぁ、そのぉ、ね?

これからも色々とシスイユニバースで繋がる物語が出てくる筈です
絶対その方が面白いし好きだしなので

では鬼成の斬首根付を彫りますね

斬首根付?…





六面図





斬首根付とは
面根付から派生した根付の形体的様式の一つである
その多くは倫辠宗京都大本山直属の法具錬成師によって製作され
魔を退ける意を込め僧兵達が好んで身に着けたと云う
世界政府認定人類国宝 討伐法具錬成師 唐松成貞 著
民明書房刊「討伐の歴史 第百七十四集 -法具と根付- 」より抜粋





福耳お婆
お婆ちゃんて福耳なイメージなんでだろう





魔を封じる結界の管理に従事する者には
受肉顕現防止策として
特段信心深い訳でも霊的感受性が強い訳でもない
ごく普通の善良な一般市民が適任であるという本社上層部の方針に従い
現地採用が基本のアダチガハラ支社が採用してしまった
毛塚セツさん(68歳)は
診断カテゴリ三項目(肉体的、精神的、経験的)全てのパーソナリティが
安達ケ原の鬼成オリジンと高レヴェルで一致してしまうという大失態に…
もちろん禊谷破流は激おこです
( 読みは ミソギヤ ハル  通称 ハルク )





額を割って飛び出した骨角は鬼成の証
反り返り前頭部にめり込んでますね
(根付的突起処理という理由もありますよ)





紐穴の中に銘
面根付とは違い丸っと頭一つの型彫で
切断部位のテクスチャ必須の
斬首された生首であるという一意的な根付として
至水勝手に「斬首根付」と命名してしまう事変





紐穴に結玉 in
紐穴の位置はうつむき加減で腰に装着される仕様





根付袋はこれでほぼフォーマット確定な
シンプル黒べっちん





サイズはこんなで





石川賢先生作「山姥」へのオマージュも込めて
斬首根付「黒塚」完成です

ここに来て唐突ですが
本当に石川賢先生の「山姥」は最高なのです
山姥とは何なのかを身震いするセンスで設定しておられ…
「桃太郎地獄変」「雪女2486」「魔界転生」…大好きです
「魔獣戦線」は至水のバイブルです
(どこかで言及したかったので満足です)

そして今回の斬首根付「黒塚」で至水がやりたかった事

「安達ケ原の鬼婆」の物語を下敷きに
鬼婆に成った原因を根付「魔ガ差ス」の設定と接続し
頭部だけの根付を製作する意味を
斬首根付という根付の一様式を創作する事で確立し
根付「童子 邪鬼ノ首ヲ刈ル」から繋がる
退魔転生サーガとしてシリーズ化する…

もう最高に面白いよ根付彫刻



おまけ

今回は根付「魔ガ差ス」と同一世界線上のお話という事で
我々の存在する世界とは異なる
並行世界の福島県安達ケ原が舞台になっているのですが

鬼成に至る結界管理職員の毛塚セツさんは福島県民なので
福島の方言を喋らせなければと色々調べました
しかし
このニュアンスというか正しいものかどうか…
ネイティブな方に校閲して頂いた訳でもないので正直怪しいです

一応そんな感じと前置きしつつ対訳を載せておきますね

「きっとってろぉ…」
 じっとしてろぉ…

「ずねぇ地震からこっち山んながで人っご一人見ねぐなっだがらなぁ」
 大きな地震から今日まで、山の中で人っ子一人見なくなったからなぁ
「久しぶりに肉入っちだんめぇざくざくこしゃって喰えっぞぉ」
 久しぶりに肉を入れた美味しい"ざくざく"を作って食べられるぞぉ

「もう日も暮れっがらおらげさ泊っでげ」
 もう日も暮れるから私の家に泊まっていきなさい

「昨日猪獲れでな」
 昨日猪が獲れたので
「今猪肉入っちだざくざくこしゃってっがらごっつぉすっぞ」
 今猪の肉を入れた"ざくざく"を作っているので御馳走しますよ

「うんとあがらっしゃい」
 たくさんお食べなさい

「お、ぉ、おめぇかすかだっておだってんでねぇ」
 お、ぉ、おまえ訳わからない事ばかり言って調子に乗るんじゃない
「ばしばし汁ば喰わねがぁああ」
 さっさと汁物を喰わないかぁああ

※因みに「ざくざく」とは
根菜や葉野菜などの食材を"ざくざく"と角切りにして入れた汁物で
福島県二本松市の郷土料理です



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