2026/02/06

根付 其ノ弐佰肆

『 天狗 』
素材:鹿角、ピンクアイボリー、黒水牛角



さて新年の御挨拶も無いままに
2026年一発目の新作投稿になるのですが
あけましたの御発声は今年の干支ものの完成と共にしたいので
至水は未だ2025年を生きている訳です

という事で

先ずは
天狗って一体何者なの?
というお話を…





至水妄想奇譚

「命名ノ言霊」


遥か太古の昔より繰り返し襲い来る天災は
猛り狂う天地が振り下ろす鉄槌である
その怒り鎮まるまで
大地に蔓延し驕り高ぶった者達を薙ぎ祓うのだ


天明三年三月十二日

東北の小さな農村に何処からかふらりと現れた粗末な身なりの男は
自らを幕府お抱えの高名な祈祷師であると騙り
数年に渡る冷害や長雨は天神の怒りなのだ
急ぎ鎮めねばならぬと
なんとも胡乱な天災の真理を吹聴して回った

数年に渡る不作続きで疲弊仕切っていた村人達は
縋る思いで男の言うまま
その日のうちに丸太を組んだ大きな護摩壇を仕立てると
贄に選ばれた若い娘を燃え盛る炎の中へと放り込む

爆ぜる炎に娘の悲鳴は力なく消え
延々と続く祈祷の声に一層の狂気が纏わり始めたその刹那
全てを掻き消すように地鳴りが響いた

護摩壇を囲み無心に手を合わせていた村人全てが息を呑み
遠くで火を噴く岩木山を見上げ我に返る
一瞬のうちに振り切れた怒りの矛先は
引き攣り笑う祈祷師に向けられ阿鼻叫喚の地獄と化した


天明三年六月二日

灰が降り積もる田畑を村人総出で耕し直しながら三月が経ち
虚言に狂わされた忌まわしいあの日
逆上する村人達が惨殺した祈祷師の遺骸は
村外れの叢で真白なサレコウベを晒していた

長雨止まぬ曇天の下
濡れた灰で泥濘む道を歩く若い男が一人
絶望の果てに村を捨て南へ向かうと決めた道すがら
叢のサレコウベを一瞥し唾を吐く

「お前が現れなければこんなことには…」

怒りで震える拳に固く握りしめられた小さな骨片は
灰になった護摩壇の中から拾い上げた許嫁の遺骨である

村のために頷いたのだ…

おみつ…

すまねぇ…

許してくれ…

繰り返し繰り返し心の内で許しを請い
自責の念を吐きながら村の道切りをくぐる


天明三年七月六日

長雨は未だ止む気配なく今年も肌寒い七月を迎えた

村の蔵から持ち出した一握りの乾飯も
最後の一粒を喰んだのはもう五日も前の事
空腹で意識が遠のき座り込んだ山道で
不意に許嫁の断末魔が瞼の裏に蘇る

「これは おせん を見殺しにした罰なのだ…」

歩き出さねばと再び立ち上がり
朦朧とする視界に目を凝らすと
六間程先の道端に地蔵が立っているのが見えた
足元には何やら丸い蓬色の…
団子のようなものが供えられているではないか
すると地蔵の側の藪の中から酷く痩せ細った山狗が現れ
若い男に気付くと団子のようなものに鼻先を近づける

横取られてはならぬと
飢えた食欲は若い男を走らせ
既のところで山狗を地べたに捻じ伏せた

「悪いなっ…はぁっはぁ… 俺がっ…はぁ…先に見つけたんだっ…」

息を切らし団子のようなものを口に放り込むと
口中に広がる酷い苦み
蓬の葉を潰し捏ね固めたような
これは
何だ?
一瞬の躊躇いも飢えの勢いに打ち消され
団子のようなものは丸のままするりと胃の腑へ落ちた

しかし若い男の飢えは未だ満たされぬまま
膝の下で押し潰され既に虫の息の山狗を見ているうちに
この一月で目にした光景が頭を過ぎる

ここまで来る間に見た集落は何処も酷い有様だった
どの村も作物が育たず
追い打ちをかけるように岩木山は灰を降らす
食うに困り馬を潰し
飼っていた犬すらも喰う
終いには人肉を喰らう者まで…

「犬の…肉…」

飢えに支配された若い男はごくりと喉を鳴らし
懐から小刀を取り出すと山狗の喉元へ突き立て皮を剥ぎ始めた

丁度首から下の皮が剥ぎ終わる頃合い
若い男の掌から血塗れの小刀が滑り落ち異変に気付く
指先の痺れ…
その痺れが手足から全身へ広がり動悸は乱れ
殆ど空の胃の腑から蓬色の吐瀉物がどっと溢れ出す

思うように呼吸が出来ない…

意識が遠のき天を仰いで倒れた若い男の目に
皮を剥がれた山狗の遺骸が映る
蓬色に染まったその口元は
役目を全うした安堵の笑みを浮かべていた

「お前…」

全てが山狗の思い描いた筋書き通り
若い男はぞっとした

「これでこの世の地獄ともおさらばか」
「あの世に行ったらちゃんと おせん に謝りてぇ…」

今際の際に漏れる声を合図に
騒めき出した藪の中から姿を現す十数頭の山狗が
最早身動き取れぬ若い男に次々と喰らいつき
一心不乱に噛み千切った肉を喰む

山狗達は皆痩せ細っていた

程なくして命を食い繋いだ山狗達は
僅かばかりの生気を取り戻し藪の奥へと姿を消した…

実に素晴らしいっ

静けさを取り戻した山道に思わず感嘆の声を漏らすのは
地蔵の後で一本立つ山桜の枯木
その樹皮に見開いた大きな独つ眼は
山狗と人間の一部始終事を見届けていたのだ

この山狗め何を始めたかと思うたが
飢えた人間が供えものと思い込み食らう筈だと疑わず
鳥兜や走野老に水仙と
毒草ばかりを口中で噛み固め拵えた
団子のようなものを地蔵の足元に置いたのは
毒を食らい絶命した人間を飢えた眷属に食わすためか
こんな山奥で滅多に現れぬ人間の気配を感じたならば
千載一遇逃すまじと腹を括り
自らの命を賭す覚悟を決めたのだな
なんとまぁ伽羅の如き献身よ
素晴らしいぞ山狗め

よし…

何かを閃いた大きな独つ眼は徐々に本来の姿を現す
それは樹葉に塗れた襤褸の単衣を纏い
瓢箪のような身体から逞しい隻腕をぶら下げた
一眼一臂の山妖であった

先ずは…

山妖は皮を剥がれた山狗の遺骸を器用に捏ね始めると
一分も経たぬうちに
大きな鼻が殊更目を引く真っ赤な肉面が出来上がった

やはり素材の良さよな…

そしてゆっくりと天に登る山狗の霊体に狙いを定め
逞しい隻腕を勢いよく伸ばし鷲掴み
すぐさま引き寄せ肉面を掛けると
山狗の形をした仄白い霊体は徐々に人の形へと姿を変え
肉面と霊体の境界から白髭白髪がどっと吹き出した

ほお…

霊体の変容に高揚し心踊らす山妖は
肉面の額目掛け鋭い爪で仕上げの一突き
窪みからは真黒な短角が盛り上がり
肉面から滴り落ちる血は仄白い身体をゆっくりと紅く染め
背に流れる豊かな白髪を掻き分け更に真白な翼を生やす

何と美しい意匠よ…

かっと見開いた両の眼で虚空を見つめる山狗の霊体だった者は
引き戻された現世に戸惑いぶるぶると小刻みに震えていた

さて
そろそろ最後の仕上げを施そう

新たな命の出来に満足げな山妖はいつものように
転生の仕上げとして自らの作品に命名ノ言霊を行使する

そうよな

背に広げた真白な翼で天を舞い
前世で捧げし眷属への献身を
この山に生きる全ての命に与え見護り救う者

これを今世の宿命としよう

天を舞う山狗か…

ふふ… 

では始めよう

前世 山狗ヲ全フセシ命ヨ
我 言霊ノ理二従ヒ命名ス
其ノ命ノ名ハ
天狗
此ノ命名ヲ以テ
今世ヲ全フスベキ宿命ト定ムルモノナリ

先の見えぬこの世の地獄へようこそ
天狗殿

命名ノ言霊により転生を完遂させ震えの止んだ天狗が
不思議そうに首を傾げながらも天高く飛び立った刹那
遠くで火を噴く浅間山の轟音が鳴り響く

山妖はやれやれ今度は浅間山かと溜息を吐き
迫り来る灰で次第に暗く曇り始めた空に
悠然と舞い飛ぶ天狗を見上げながら呟いた

此度の怒りも暫く鎮まる事は無いのだろうが
人間だけ間引けば良いものを
天災は山に生きる命までも道連れにしてしまう
天地は不器用すぎるのだ
ともあれ儂はこの世とあの世の狭間に生きる者
何方に肩入れするでもなく
只淡々と命に名を与え宿命を定める役目を果たすのみ
その命が暗澹たる世に射す囁かな光明となるも良し
ならねば此れも運命と笑うだけよ

新作を世に送り出し
地蔵の後で一本立つ山桜の枯木と溶け合うように姿を消した山妖は
あの世とこの世の狭間を揺蕩いながら
束の間の眠りに就く








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね

天狗と言えば長い鼻
真赤な肌に修験装束を纏い
真っ白な羽で空を舞う
羽団扇振るい突風吹かし
金剛杖でバチコンぶちかます

そんな強面の妖にですよ
テンのイヌと書いて天狗という名前ってね
どうやって思いついたのさ!

という疑問から

こんな長い妄想奇譚を書きなぐってしまった訳でして
3000字超えました
おそらく悪魔ノ天秤史上最長テキストとなりましたね

いや悔いはない
ええ
ないですとも

そんな天狗の根付です

こんなんです
御覧あれ





六面図





まぁコレを天狗です言うたら
どこがっ?てなりますわね
なんか赤くないし
えぇ
わかります





これですね
肩の辺りからじんわり赤く染まり始めてますね
肉面から滴り落ちる血が全身を真赤に染め上げる訳ですはい





仄白い身体は人の形に変容を遂げた山狗の霊体です
その霊体に掛けられた大きな鼻の肉面との境界から
うまい具合に白いお髭と毛髪がぶわっと吹き出したのですね





毛の流れは気持ちよく見えるようにがむばります
くるっと巻くとことかも気持ちよくなるように…
もっとがむばれ俺





背に流れる豊かな白髪を掻き分け生えそろった真白な翼
天狗の天を象徴するパーツですね
小ぶりな翼だけどちゃんと飛べるんです





左足にほんのり見て取れる獣脚形状は
山狗の霊体だった頃の名残
なごり雪





人足化が大分進んでいる山狗の霊体の左後ろ脚ですが
足裏には肉球が残っていたり
銘は至水の最近のトレンド浮かし彫りで





山狗の遺骸から捏ね上げられた肉面です
何か黒い角が生えてますでしょ
これ
天狗として転生してから数年後
山の奥深く
切り立った崖から滑落し野垂れ死んだ山伏の亡骸から
修験装束一式を頂戴し
その後は所謂一つの天狗なルックになる訳ですが
額の窪みから盛り上がってきた黒い短角は
厳つくて怖がられるので
頭襟で隠す事になりました
という設定です





肉面と天狗未満な山狗の霊体
ツーショットいいね
こちらが根付紐の結玉をINする方の大きな紐穴で
紐の通し方は連続画像でこう↓
紐の結玉は根付本体側で収納処理する仕様です
これでピンクアイボリー製の肉面裏に穿った紐通し穴の
ブリッジ部分に掛かる負担を軽減出来ます
そしてこんな感じで肉面がパイルダーオン
これはつまり所謂変形鏡蓋…

鏡蓋神の恩寵を受け
鏡蓋を愛し鏡蓋に愛された男
万征
鏡蓋根付を極め
鏡蓋の頂点に君臨する鏡蓋根付作家
万征
そんな万征氏へ最大級の敬意を表し
🎌鏡蓋万歳🎌
\\ マンセー マンセー マンセー //


追伸

万征さんお元気ですか
コロナ入りしてから今日まで
なかなか東京へ行く事も出来なくなりました
即ちGalleyへの手土産を準備せずとも良くなってしまい
そうです
私もずーっとマルセイバターサンドを口にしていないのです
(六花亭は普段からポイポイ食べる菓子ならず土産菓子と捉えている至水)
また根津でお会いしたいですね
土産のバタサン携えて

ハイカロリーの使者より
糖と脂質を込めて





サイズはこんな感じ大きめ
70mm強くらいだったかな





天の狗と書いて天狗と名付ける言霊のお話
根付「天狗」完成です

2026年は至水の作家メジャーデビュー15周年だったりするので
スペシャルな何かを画策中ではありますが
介護生活に忙殺される制作環境で果たして出来るのかと

やりたいな

やれればいいな

やれんのかな…

あまり期待せずにお待ち頂ければと